日本初の鉄道が開業したのは、1872年10月14日。関東の新橋~横浜間でした。これに続き、関西でも鉄道建設が進められます。1874年には大阪~神戸間が、1877年には大阪~京都間が開通。日本初の鉄道開業からわずか5年で、東京と大阪という現代の二大都市圏で、鉄道が整備されました。
新橋~横浜間では、六郷川(多摩川)を渡る鉄橋や、海の上に建設した築堤といった土木工事はありましたが、地形自体はおおむね平坦で、トンネルはありませんでした。一方、大阪~神戸間では、川底が地表よりも高い「天井川」をくぐるための日本初のトンネル「石屋川トンネル」が建設され、日本初の鉄道トンネルとして1871年にしゅん工しました。
石屋川トンネルの建設からさらに下った1880年には、日本人のみで建設されたトンネル「逢坂山トンネル」が開通しました。全長約660メートルのトンネルで、京都府と滋賀県にまたがる逢坂山を貫いています。
鉄道建設というと、近代的な技術が多用されるという印象がありますが、このように初期の工事からトンネル工事が可能だったのには理由があります。日本では、江戸時代以前から鉱山でトンネルを掘る技術が発達していたため、鉄道建設の初期からこのように技術力を活かすことができたのです。
2022年現在、石屋川トンネルは高架化によって現存しませんが、同時に建設された川底トンネル「芦屋川トンネル」と「住吉川トンネル」は、解体こそされたものの、現在も線路は川底を通っており、トンネル供用時代の痕跡が残っています。
逢坂山トンネル周辺の線路は、後の新線付け替えによって廃止され、トンネルも現在は使用されていません。トンネル西側の坑口は、現在は名神高速道路建設によってほとんどが埋められた状態。一方、東側の坑口は、現在もその姿を残しています。