11月25日のダイヤ改正で、京浜急行電鉄の「エアポート急行」が「急行」に改称されました。京急の広報担当者によると、訪日外国人旅行者の誤乗を防ぐこと、などが改称の理由だといいます。また、改正前のダイヤにはなかった品川方面~横浜方面を直通する「急行」が新たに設定されており、改称によって種別設定の自由度も上がったようです。
京急では、今回消滅したエアポート急行のほか、品川方面と羽田空港を結ぶ「エアポート快特」を運転しています。さらに歴史をたどると、かつては「エアポート特急」という種別も存在していました。
エアポート快特(当初は「エアポート快速特急」)とエアポート特急が登場したのは、1998年のこと。羽田空港と成田空港を結ぶ列車として設定されました。当時の京急線内の停車駅は快速特急(現在の快特)と同じで、京急線内では空港へ向かう列車という意味合いが強い種別でした。一方、浅草線内では現在と同じように通過駅を設定(ただし当時は大門駅は通過)。これは浅草線開業以来初めての通過運転でした。
当時運転されていたエアポート特急は、羽田空港と青砥・京成高砂を結ぶ列車。羽田空港駅発着のエアポート特急は、京急線と京成線内は特急と、浅草線内はエアポート快特と同じ停車駅の種別で、青砥駅で京成上野~成田空港間のエアポート特急と接続していました。さらに京成でも、京成上野~成田空港間、京成上野~京成高砂間の2系統で、エアポート特急を運転していました。
その後、1999年のダイヤ改正では、京急・浅草線のエアポート特急が、エアポート快特に格上げされる形で消滅。2002年のダイヤ改正では、京成線内での対応種別が特急から快速になり、エアポート特急という種別は消滅しました。
京成では、2002年以降も「エアポート〇〇」という種別表示が使われますが、これは浅草線内をエアポート快特として走る列車のみを対象としていました。2002年当時は快速が「エアポート快速」、2010年の成田スカイアクセス線開業以降は「アクセス特急」が「エアポートアクセス特急」となり、浅草線内は各駅に停車する種別と表示は区分されていました。
ただし京成の場合、放送などでは元の種別通り「快速」「アクセス特急」と案内されており、表示器の飛行機マークを除き「エアポート〇〇」と呼ばれることはありませんでした。その京成では、2013年に飛行機マークの使用が取り止められ、「エアポート〇〇」は消滅しています。
なお、京急では誤乗防止などを理由にエアポート急行が改称されましたが、エアポート快特は改正後も残存。特に浅草線では、羽田空港発とはいえ、成田空港に行かないエアポート快特が運転されていますが、東京都交通局によると、「浅草線では今後も『エアポート快特』の廃止予定はない」といいます。