東京都千代田区は、皇居や国会議事堂、丸ノ内のオフィス群などが所在する、日本の中枢とも言える場所。鉄道でも、東海道新幹線などのターミナル駅である東京駅がある重要ポイントです。
そんな千代田区、1947年までは麹町区と神田区だったこの地域に、(広義の)鉄道が初めて開業したのは、1882年のこと。しかし、この路線は、電気で走る電車でも、蒸気機関車がけん引する列車(汽車)でもなく、馬が客車を引っ張る「馬車鉄道」でした。
「東京馬車鉄道」が敷設したこの路線は、1882年6月に新橋~日本橋間が開業。以降も順次延伸し、同年10月までに新橋~日本橋~上野~浅草~浅草橋~日本橋~新橋間の、ループ線を含む路線が開業しました。日本初の鉄道が新橋~横浜間で開業したのは1872年ですから、東京近郊の都市間鉄道が開業した10年後に、早くも都市内交通手段としての鉄道路線が登場したわけです。ちなみに、現在の中央区にあたるエリアでも、初めて開業した鉄道は、この東京馬車鉄道でした。
また、1897年には、それまで乗合馬車を運行していた別の会社が馬車鉄道の運行に切り替え、品川馬車鉄道と改称。新橋~品川間にも都市鉄道が整備されました。なお、品川馬車鉄道は、1899年に東京馬車鉄道に吸収されています。
馬を用いる馬車鉄道は、電車や蒸気機関車よりも簡単に導入できる一方、馬の糞尿処理という衛生面の課題がありました。この時期の京都では、日本初の本格的な電車路線として、1895年に京都電気鉄道(後の京都市電)が開業しています。東京でも同様に、電車を導入する動きが生まれていました。東京馬車鉄道は、1900年に東京電車鉄道と社名を変更。1903年には品川馬車鉄道が敷設した新橋~品川間、翌1904年には残る全区間が電化され、馬車鉄道から電車へと置き換えられました。
東京電車鉄道は、その後の合併などを経て、東京市電となり、現在の東京都交通局につながっています。かつての東京馬車鉄道の路線は現存していませんが、浅草~上野~新橋間は東京メトロ銀座線、浅草~浅草橋~新橋~品川間は都営浅草線および京急本線が、馬車鉄道に近いルートで道路の下を走っています。
なお、東京馬車鉄道のような馬車鉄道は、後の1924年に施行された「軌道法」に準拠する「軌道」、つまりは路面電車の一種。同じレールの上を走る乗り物ではありますが、日本の法律では、JR線のような狭義の「鉄道」とは別物として扱われています。ただし、広義の鉄道として見れば、東京馬車鉄道は現在の千代田区で初めて開業した鉄道路線。加えて、同社は現在の東北本線などを建設した「日本鉄道」(1881年設立)よりも早い1880年の設立です。千代田区初の鉄道を敷設した会社は、日本で初めて誕生した民間鉄道会社でもありました。