鉄道ツアーの仕掛け人が鉄道コムとコラボ
ひっそりと静まりかえったホームに、青い車体の客車が4両、ディーゼル機関車に押されて入線してきました。
7月24日23時30分、ここは東武日光線南栗橋駅。この日、クラブツーリズムと鉄道コムの共同企画として、「客車4両編成によるDL夜行列車・日帰り旅」ツアーが実施されました。
車両は、東武鉄道のSL列車「SL大樹」として運転されている14系座席車。先頭から、「DE10-1099+スハフ14-5+オハ14-505+オハ14-1+オハフ15-1」という編成です。普段は3両編成で運行されていますが、この日は4号車にオハフ15-1が増結され、初の4両編成となりました。
列車は、南栗橋駅を23時50分に発車し、翌朝5時に鬼怒川温泉駅到着。40分後に折り返して、6時20分に終着・下今市駅に到着します。鬼怒川温泉や下今市でイベントがあるわけでもなく、ただ14系客車に乗って、一晩を過ごすだけというシンプルなツアーです。余計な演出はせず、かつての夜行列車の趣をじっくりと味わってもらおうというわけです。
ツアーを企画したのは、クラブツーリズムJR販売センターの大塚雅士氏。「お座敷列車『宴』で東京・千葉・神奈川の貨物線をめぐるツアー」で、優れた鉄道ツアーを表彰する「鉄旅オブザイヤー2017」でグランプリを獲得するなど、ちょっとマニアックな鉄道ツアーを次々にヒットさせている仕掛け人です。夜行列車も大好きだそうですが、今回の企画の意図は、少し別のところにありました。
「鉄道コムさんが20周年ということで、”自作のヘッドマークをつけた列車を走らせたい”という松岡編集長の夢を叶えようということになったんです」(大塚氏)
大塚氏は、東武鉄道の協力を得てクラブツーリズムと鉄道コムのロゴが入ったオリジナルヘッドマークを制作。夏休み期間中で唯一「大樹」の車両が空いていた7月24・25日限定で、貸切夜行「DL大樹」の運行が実現したのです。
「当初は、『SL大樹』と同じ3両編成の予定でしたが、想定以上の申し込みがあり、4両編成となりました」(大塚氏)
ツアー代金は、普通車利用プランが大人1万2000円、グリーン車のシートを備えた「ドリームカー」利用プランが同1万6000円。決して安くはありませんが、64名の申し込みがあり、特にドリームカーは24名分(1人2席利用)が満席となったそうです。
演出は何もなし。だが、それがいい
23時50分、夜行「DL大樹」は静かに南栗橋駅を発車しました。
♪シレソシラ#ファレ#ファラミラレ……
客車列車ではお馴染みのオルゴール「ハイケンスのセレナーデ」が流れ、車内放送が始まりました。
「皆さま、本日は臨時DL夜行列車にご乗車いただき、誠にありがとうございます。鬼怒川温泉駅には、明朝5時到着予定でございます……」
記念の特製硬券が配布されたほかに車内イベントなどはなく、乗客たちは思い思いに夜行列車の旅を楽しんでいます。14系オリジナルの簡易リクライニングシートを備えた普通車は、1人で4席ずつ割り当てられました。席を向かい合わせにして足を伸ばしてもらい、古き良き夜行列車の気分を存分に味わってもらおうというわけです。新栃木までは東武職員による簡単な車内販売サービスも行われ、缶ビールや缶チューハイが次々と売れていきました。
チューハイを飲みながら通路ごしに語り合っている二人は、栃木から参加した職場の友人同士。二人とも50代で、社内の鉄道趣味サークルに参加しているそうです。
「昔上野~青森間を走っていた急行『十和田』で、14系座席車を利用しました。ですから、今回はドリームカーよりもあえて普通車に乗りたかったんです。この背もたれをもう一度体験したくて」
14系客車の座席は、ストッパーのない簡易リクライニングシート。ひじ掛けのレバーを引いて背もたれを倒しても固定されず、身体を起こすとバタンバタンと元に戻ります。
この座席はR51型と呼ばれ、1972(昭和47)年に房総特急用車両として登場した183系特急型電車に初めて採用されたものです。”バッタンシート”とも呼ばれた簡易リクライニングシートを体験できるのは、今ではこの「大樹」用車両など極わずか。14系客車は、急行「八甲田」や「十和田」(いずれも上野〜青森)など数多くの夜行急行に使用された車両です。SL列車も魅力的ですが、今回のような夜行列車として乗ってこそ懐かしいという人も多いようです。
たまたま出会った旅人同士、話が弾む
列車は、時速40キロほどでゆっくりと北上しています。
2号車は、今年4月にJR北海道からやって来た「ドリームカー」です。急行「まりも」(札幌〜釧路)や「はまなす」で普通車指定席として使われていた車両で、グリーン車の座席を備えています。
車端部にある小さなラウンジは、誰でも利用できるフリースペース。客室との仕切りがしっかりしているので、騒いだりしなければ会話を楽しめます。テーブルは2つしかないので相席が当たり前で、たまたま一緒になった旅人と話がはずむのも、この列車ならではです。
1時05分、新栃木駅に停車しました。約1時間、乗客の乗降を行わない運転停車で時間を調整します。
「これより先は、お休みになられるお客様もいらっしゃいますので、放送によるご案内は、明朝4時50分頃までお休みとさせていただきます」
深夜の夜行列車ではおなじみの車内放送が入り、灯りが減光されました。そろそろ座席に戻り、休むことにしましょう。
目を覚ますと夜は明けていました。下今市駅で再び約1時間停車した列車は、時速約20キロで徐行しながら鬼怒川温泉駅に向かっています。小佐越駅付近で「お目覚め放送」が入ると、間もなく定刻5時に、鬼怒川温泉駅に到着しました。ここでは、ディーゼル機関車を編成の反対側に付け替える「機回し」が行われます。かつては、東京駅を発着するブルートレインが頻繁に行っていた「機回し」ですが、これもすっかり貴重な光景となりました。
101.8キロを6時間半かけてのんびり走破
静まりかえった鬼怒川温泉駅を5時40分に発車し、再びゆっくりと鬼怒川線を走って下今市駅へ向かいます。あいにくの雨模様ですが、朝の山霧がシルクのように森を包み、のどかな田園風景の向こうに時々鬼怒川が姿を現すなど、東武鬼怒川線はなかなか変化に富んだ車窓風景を楽しめます。なんとなく淀んだ車内の空気も、夜汽車の朝独得のもの。昔は疲ればかりを感じていましたが、こうして久し振りに体験すると、趣のある贅沢な時間に思えるから不思議です。
6時20分、終着の下今市駅に到着しました。そろそろ朝の通勤時間帯となるため、列車は別れを惜しむ間もなくホームから去り、隣の留置線に転線します。南栗橋駅から所要6時間30分、走行距離101.8キロ。表定速度(停車時間を含めた平均速度)は時速15.7キロという、なんとものんびりした夜行列車の旅でした。
シンプルなツアーでしたが、参加した人たちの満足度は高かったようです。大宮から参加した高校生は、「夜行列車の雰囲気を十分味わえて楽しめました。夜行列車のツアーは今までも参加したことがあったのですが、14系で、4人ぶんの座席を使わせてもらえたのがよかったですね」と語りました。
夜行「DL大樹」の旅は、14系客車を鉄道文化遺産と捉え、新製当時の姿で維持する東武鉄道の努力と大塚雅士氏のアイディア、そして夜行列車を愛する人々の想いによって実現した魅力的な旅でした。次回の実施は未定ですが、もしまた機会があれば、古き良き夜汽車の旅を体験してみてはいかがでしょうか。
なお、鉄道コムの松岡編集長は、夢を叶えたヘッドマークを記念に持ち帰ったそうです。通勤ラッシュの東武鉄道で肩身の狭い思いをしながら……。