往年の「大垣夜行」をお座敷列車で実現
9月6日、22時15分。深夜の装いになってきた東京駅日本橋口に、100人近い旅人が集まりました。クラブツーリズム主催のツアー、「東海道本線を国鉄車両485系が駆け抜ける!お座敷列車『華』で行く夜行日帰りの旅」に参加する人々です。
企画担当は、クラブツーリズムJR販売センターの大塚雅士氏。「お座敷列車『宴』で東京・千葉・神奈川の貨物線をめぐるツアー」や「客車4両編成による東武鉄道DL夜行列車の旅」など、マニアックな鉄道ツアーを次々と実現しているクラツー屈指の鉄道マイスターです。今回は、今や唯一となったお座敷列車「華」を借り切り、東京駅から岐阜県の大垣駅までを夜行列車として走らせてしまおうというツアーで、鉄道コムの20周年記念イベントとコラボレーションしています。
「昨年11月13日に、鉄道コムは開設20周年を迎えました。そこで、Webサイトで20周年特別企画として、”みんなでつくる 夢の貸切列車”と題して、記念列車を走らせたい区間と車両のアイディアを募集したんです。800通を超える応募がありました」
解説するのは、鉄道コムの松岡孝昌編集長です。学生時代の1998年11月、個人サイトとして鉄道コムをオープンし、20年かけてあらゆる鉄道情報を網羅する商用サービスに育ててきました。
「やはり、夜行列車や国鉄型の車両といった意見が多かったですね。東北本線の夜行ですとか、色々なアイディアがあったのですが、その中で最も珍しく、かつ実現性があるプランが、意外にも”東海道本線の夜行列車”でした」(松岡編集長)
国鉄型で、夜行列車に使えるような車両はもうほとんど残っていません。そこで、白羽の矢が立ったのがJR東日本のお座敷列車「華」でした。国鉄時代の交直両用特急型電車である485系を改造した車両で、走行機器はほぼ国鉄時代のまま。臨時列車としてJR東海に入線した実績も多く、横になれるお座敷車両は夜行列車にも最適でした。そこでまずは3月に、東京~名古屋間を往復する「華」利用のツアーを催行。今回は運転区間を大垣まで拡大して実施することになりました。
2度目の?20周年記念企画
ところで、鉄道コム20周年を記念したクラブツーリズムとの共同企画といえば、7月に「東武 14系DL夜行列車ツアー」として催行されたはず。どうして、再び実施することになったのでしょうか。
「実は、本来は今回の方が20周年企画だったんです。東武の夜行列車ツアーは、えーとですね……」
言いよどんだ松岡編集長を見て、大塚さんが言いました。
「東武は、オリジナルのヘッドマークを掲げて走るという松岡編集長の夢を実現するために実施したんです」(大塚氏)
列車は、東京を23時10分に発車すると、小田原0時30分、静岡1時48分、名古屋5時09分と停車し、終着大垣には5時45分に到着します。
この時刻に見覚えのある方もいらっしゃるでしょう。青春18きっぷのシーズンに運行される臨時夜行快速「ムーンライトながら」のダイヤをそのまま使用しているのです。入線実績のある「華」を、既存の「ムーンライトながら」のダイヤで運行するからこそ、この企画は実現しました。
高崎線のトラブルで43分遅延
22時50分。発車20分前にホームに上がったツアー一行を待っていたのは、列車遅延の知らせでした。「華」は高崎方面から回送されて来ますが、その高崎線で車両トラブルがあったのです。残暑の残るホームに、紫の車体がようやく姿を見せたのは、23時42分。参加者は手近な扉から乗り込み、すぐに発車です。ドアが閉まったのは23時49分。39分遅れでの出発となりました。
「大変長らくお待たせいたしました。東京駅を23時50分、定刻より"10分ほど遅れて"発車いたしました。本日は、「大垣夜行」をご利用くださいましてありがとうございます」
鉄道唱歌のチャイムが流れ、車内放送が始まりました。最後尾の乗務員室でしゃべるのは、クラブツーリズム入社2年目の鈴木悠斗さん。幼い頃からの鉄道ファンで、アナウンサーの教育を受けていた経験を活かして、鉄道関係のツアーでは「クラブツーリズム鉄道アナウンサー」として活躍しています。この放送で使用した鉄道唱歌のチャイムはスマホで自作し、さまざまな資料を調べて、当時の雰囲気を再現したそうです。
今は定刻から約40分遅れですが、「10分遅れ」としたのは、「ムーンライトながら」が登場する前、1992年当時の375M「大垣夜行」の車内放送を再現しているから。当時は東京駅を23時40分に発車し、大垣には翌朝6時56分に到着するダイヤでした。もともと大垣夜行のアナウンス原稿を用意していた鈴木さんですが、出発の遅れを逆手に取り、アドリブで「10分遅れ」放送を入れる機転を利かせました。
列車は、6両編成。一番前が6号車で、一番後ろが1号車です。通常、東海道本線では神戸方が1号車となりますが、「華」は大宮から池袋、渋谷、品川をまわって東京駅に入線したため、編成の向きが逆になっています。一番後ろの1号車は誰でも自由に利用できるフリースペースで、ホーロー製サボや硬券乗車票などクラブツーリズムオリジナルの鉄道グッズの販売も行われました。
鉄道コム限定の車内イベントを実施
隣の2号車は、鉄道コム20周年記念ツアーとして申しこんだ方の専用車両で、20名ほどが乗車しています。今回のツアーは、通常のクラブツーリズムのツアーと、鉄道コム20周年記念ツアーの2種類で募集されました。どちらも料金は同じですが、唯一異なるのが、車内イベントの有無。0時半から「鉄道コム20周年記念クイズ大会」が開催されました。松岡編集長考案の企画です。
「不特定多数の方が参加されるお座敷列車のツアーは、せっかく同じテーブルに座ってもなかなか打ち解けることができません。せっかく、鉄道コムの20周年記念ツアーとして参加してくださったので、ぜひ皆さん仲良くなってほしいなと考えて、企画しました」(松岡編集長)
クイズは、参加者をテーブルごとに4つのチームに分け、チーム対抗で3択問題に答えてもらうというもの。チーム内で相談して回答を決めるので、自然に会話が生まれます。
「次のうち、鉄道コムがオープンした1998年の出来事ではないものは? 1)フレッシュひたち運行開始 2)SLばんえつ物語運行開始 3)サンライズエクスプレス運行開始」
「鉄道コム内の”リポート”。ここ1年で最もよく読まれた記事は? 1)相鉄羽沢横浜国大駅レポート 2)東急がJR東から電源車を搬入 3)消えた西武新宿線の新宿駅乗り入れ計画」 ※答えはこの記事の最後に
こうした、鉄道と鉄道コムに関するクイズが多数出題され、終わる頃には各チームともすっかり打ち解けていました。
クイズ大会が終わると、時刻は午前1時半。列車は、熱海に運転停車しました。照明が減光され(でもあまり暗くならない)、車内はようやく深夜の装いです。他の車両を見ると、スマホを見ている人、畳に横になって寝ている人、ちびりちびりとお酒を飲んでいる人、デッキで485系の走行音を録音している人など、それぞれに夜行列車の夜を過ごしています。
深夜まで話が尽きない夜行列車の旅
一方、鉄道コム記念ツアーの2号車は、少し雰囲気が違います。クイズのおかげでテーブルごとに打ち解け、鉄道談義に花が咲いています。
大阪在住の男性は、東京でライブを見た帰りに、このツアーに参加しました。
「サンライズ出雲・瀬戸で戻るつもりだったんですが、たまたま鉄道コムを見ていたら、このツアーを見つけたんです。偶然、日付・区間・時間ともぴったりで、初めてこうしたツアーに参加しました」
埼玉在住の男性は、九州旅行から新幹線で東京まで戻り、そのまま参加したそう。
「鹿児島本線で事故があって、予定の新幹線に乗れなかったんです。なんとか間に合いましたが、大変でした」
さすが、夜行列車のツアーに参加されるだけあって、皆さんアクティブな旅好きの方が多いようです。
気がつくと、時刻は2時半。静岡駅に停車しました。東京駅からの約40分の遅れをそのまま引きずっていますが、偶然にも1992年の大垣夜行とほぼ同じ時刻です。
「大垣夜行の時代なら、ここで幕の内弁当が買えたんですよね」
参加者の1人が言いました。鉄道コム記念ツアーの参加者には、大垣夜行や「ムーンライトながら」に何度も乗った人もいれば、夜行列車自体が初めてだという方もいます。クイズで打ち解けた車内は、「寝るのがもったいない」とばかりに、大垣夜行談義に花が咲きました。
大垣駅到着。しかし旅は終わらない
「おはようございます。ただいま、「大垣夜行」9311Mは、笠寺駅を定刻で発車いたしました」
朝5時。”鈴木アナ”のおはよう放送が入りました。空が紫から朱に染まり、徐々に明るくなってきます。列車は、浜松駅と共和駅の停車時間を縮めて遅れを取り戻し、定刻運転になっていました。車内には夜を明かした夜行列車特有の気だるい空気が流れています。横になってある程度寝た人もいれば、「もったいなくて一睡もしませんでした」と目を赤くしている人もいます。
夜行列車の朝は、あっという間に時間が過ぎていくもの。5時11分に名古屋駅を発車し、木曽川を渡って岐阜県に入ると、すっかり明るくなりました。
5時45分、お座敷列車「華」による「大垣夜行」は、定刻に大垣駅に到着しました。「ムーンライトながら」でしたら、5時53分発米原行きへ急ぐ「大垣ダッシュ」が発生するところですが、今回はツアー専用列車なので、平和な到着です。今やJR唯一のお座敷車両となった「華」は、しばらく参加者たちの被写体となった後、米原方の大垣車両区に引き揚げていきました。
「”みんなでつくる 夢の貸切列車”が実現できて感無量です。車内イベントは深夜だったので不安もありましたが、皆さん喜んでいただけてよかったです。また、こうした企画を実現したいですね」
20周年記念ツアーを無事に終えた松岡編集長が言いました。一方、改札前では、眠そうな表情の大塚さんが参加者の出場を確認しています。
「発車は少し遅れましたが、無事に到着してよかったです。貴重なお座敷夜行ということで、お客様にも喜んでいただけました」
「大垣夜行」ツアーはこれで終了。大塚さんたちは一仕事を終えてホッとした表情……と言いたいところですが、実は今回の仕事は、まだ始まったばかりです。
「この後、7時半集合で名古屋周辺の貨物線をキハ75でめぐるツアーを行い、午後にはまた「華」で東京へ戻るツアーを催行します。まだまだ、これからですよ」(大塚氏)
赤い目をこすりながら、大塚さんが笑いました。改札前には、早くも貨物線ツアーのお客さんが集まり始めています。
クイズの答え
Q.次のうち、鉄道コムがオープンした1998年の出来事ではないものは?
A.SLばんえつ物語運行開始……こちらの列車のみ、1999年に運転を開始しています。
Q.鉄道コム内の”リポート”。ここ1年で最もよく読まれた記事は?