普段は走らない線路を走るレアな旅
先月お伝えした、「お座敷列車で行く東海道本線夜行ツアー」。早朝6時前に終着・大垣駅に到着し解散となりました。
前夜21時に東京駅に集合し、参加者の受付・誘導からグッズの販売、車内放送まで、ほぼ夜通しで働き続けてきたのが、クラブツーリズムJR販売センター大塚雅士氏のチーム5人。約100名の参加者全員が改札口を出たことを確認し、ようやく終了……かと思いきや、まだまだ彼らの業務は終わりません。大垣駅改札前通路を見ると、すでに新しい列ができています。
こちらは、6時30分大垣駅集合の、「唸れカミンズ社製エンジン・キハ75形 JR東海管内貨物線乗車ツアー」の受付を待つ人たち。JR東海のキハ75形気動車2両編成をチャーターし、名古屋周辺に点在する、普段は旅客列車が入らない貨物線をめぐるというツアーです。
キハ75形は、1993年に登場したJR東海の普通・快速列車用ディーゼルカー。非電化区間の列車を高速化するため、特急用のキハ85系と同じアメリカ・カミンズ社製ターボチャージャー付き350psエンジン「C-DMF14HZB」が1両あたり2基ずつ搭載されています。最高時速は120キロを誇り、加速が鈍く勾配に弱いディーゼルカーの弱点を克服しました。
早朝の大垣駅に集合し、平成を代表する鉄道車両用エンジンとなった「C-DMF14HZB」の唸りを聞きながら、普段は乗ることができない貨物線をめぐるという、なんともマニアックなツアー。参加者は全部で80人。かなりの盛況です。
「名古屋エリアでの貨物線ツアーは今回で4度目になります。東京の貨物線ツアーはこれまでに21回やってほぼすべて晴れでしたが、名古屋は過去3回はいずれも雨でした。今日はとうとう、晴れた天気で催行できそうで、嬉しいです」(大塚氏)
JR東海を完乗した参加者を即席でお祝い
7時22分。キハ75-3208・3308という2両編成の特別列車が、大垣駅を発車しました。まずは東海道本線美濃赤坂支線に入り、美濃赤坂駅に向かいます。
美濃赤坂支線は、金生山周辺から採れる石灰岩や大理石を輸送するために1919(大正8)年に開業した支線で、現在は大垣からの旅客列車のほか、1日最大3本の石灰石輸送列車が運行されています。通常、旅客列車は313系電車を使用しており、キハ75形が入線するのは珍しいこと。7時28分着と早朝にもかかわらず、何人かの鉄道ファンが写真を撮りに来ていました。
8分間の停車中はドアが開き、撮影タイムです。大部分の参加者が駅前に出ましたが、列車は1秒たりとも遅れるわけにはいきません。貸切列車はバスツアーよりも参加者の把握が難しく、撮影に来た鉄道ファンに紛れてしまうこともあるので、大変です。
「これで最後? 駅前にはもう誰もいないね」
何度も確認し、列車は7時36分に美濃赤坂駅を発車しました。まだ、ツアーはスタートしてから14分しかたっていません。
行き止まりの終着駅である美濃赤坂駅からは進行方向が変わり、列車番号も9513Dから9514Dに代わりました。実はこのツアー、列車としては、1本の団体列車ですが、JRの運行上は6本の臨時列車の集合体。主として進行方向が変わる時に列車番号が変わります。
「先ほど、美濃赤坂駅到着をもちまして、JR東海の全路線1970.8kmを"完乗"したお客様がいらっしゃいます」
大塚さんの車内放送が入りました。JR完乗を達成したのは、岡山から参加した森竜哉さん。JR北海道、JR四国につぐ3社目のJR完乗で、JRグループの88%を乗りつぶしたそうです。
「皆さん拍手でお祝いください!」
”クラブツーリズム鉄道アナウンサー”の鈴木悠斗さんから、サプライズの賞品が贈られました。こんな、ちょっとした演出があるのも、ツアー列車ならではです。
普段はあり得ない行先を表示する"幕回しショー"
列車は大垣駅を通過し、揖斐川と長良川を渡って岐阜貨物ターミナルに7時53分着。上下本線の間にある着発線と呼ばれる貨物線に停車しました。この線路に旅客列車が入ることはまずありません。車窓の景色は普段と変わりませんが、いつもは通れない線路に入るというプレミア感こそが、貨物線ツアーの醍醐味です。
8時07分。再び進行方向を変え、またも大垣方面へ向かいます。南荒尾信号場で美濃赤坂支線が分岐すると、今度は上り線の下をくぐって、通称「新垂井支線」へ。この路線は、戦時中輸送力増強のために建設された下り専用の勾配緩和ルートです。戦後、垂井駅経由の通称「垂井線」に下り線が復活したため、普通列車はすべて垂井駅を経由していますが、貨物列車と特急列車だけは今も新垂井線を経由しています。つまり、普通列車用のキハ75形が新垂井線を走るのは極めてレア。これも大塚さん苦心のルートです。
8時28分着の関ケ原駅で22分の大休止。ここでは、貸切列車恒例の「幕回しショー」が開催されました。キハ75形の方向幕を動かし、普段はあり得ない行先と列車種別を表示させて写真に撮るというもので、「急行:鈴鹿サーキット稲生行」、「快速:塩尻行」、「急行かすが:美濃太田行」など、実際の車両にここでしか見られない行先が次々と表示されました。スタッフの田中研吾さんプロデュースの企画ですが、本人がいちばん興奮していたようです。
8時53分、またまた進行方向を変えたキハ75形は、本日4本目の列車、9516Dとなって垂井線経由で戻ります。大垣駅を三度目の通過。いくらツアー企画といえど、出発駅を三度通過する列車は、この列車くらいのものでしょう。さらに岐阜貨物ターミナルから9518Dとなって、岐阜駅を通過しました。岐阜駅を通過する旅客列車なんて、上り「サンライズ瀬戸・出雲」以外ありません(下りは運転停車しています)。ましてや日中、普通列車仕様のキハ75形が時速70km/hで通過するなんて異例のことです。
参加者が次々とリピーターになる"大塚ツアー"
尾張一ノ宮駅を過ぎると、本線から左に分岐して東海道本線の貨物支線、通称稲沢貨物線に入りました。これも、今回のツアーのハイライト。線路がどんどん増えて、稲沢貨物駅に到着です。愛知機関区を併設する稲沢駅は、機関車の付け替えや乗務員の交代などを行う貨物列車の拠点。東京方面から来た貨物列車は、ここで方向転換を行って、名古屋臨海高速鉄道(あおなみ線)にある名古屋貨物ターミナルに向かいます。
普段は通れない貨物線を走った列車は、清洲駅の先で再び本線に合流。清洲城の模擬天守を見ながら渡る五条川には、もうひとつ、線路のない古い鉄道橋が残っています。これは、麒麟麦酒専用線の跡。かつては、まもなく現れるキリンビール名古屋工場からこの専用線を通って稲沢操車場へ、ビール輸送列車が多数運行されていました。ただ列車に乗っているだけのツアーですが、注意深く観察すると、さまざまな鉄道貨物の歴史を見ることができます。
列車は名古屋駅を過ぎ、10時20分着の熱田駅で時間調整のため41分の運転停車。向いのホームから手を振る人の姿がありました。昨日の、大垣夜行ツアーに参加された方です。ツアー列車の旅は、こんな仲間意識が生まれるのも魅力です。
実際、大塚さんプロデュースの鉄道ツアーは、常連のお客さんが多いことが特徴です。クラブツーリズムには、数多くの鉄道をテーマにしたツアーがありますが、大塚さんのツアーは「近鉄鮮魚列車ツアー」「ほぼ京阪電車のりつくしの旅」など、特にマニアック。それでも、一度参加するとスタッフの皆さんのアットホームな雰囲気や、鉄道ファンの心をわかった演出で”大塚ファン”となり、リピーターとなる方が多いのです。
名古屋到着! 今度は東京行きの長い旅へ
11時45分着の刈谷駅で四度目の方向転換を行い、9517Dとなって終着・名古屋駅へ。進行方向左手に、線路と平行する空き地が現れました。これは、南方貨物線の跡。東京方面と、名古屋貨物ターミナルを結ぶために建設された貨物線ですが、沿線住民の反対と国鉄の財政悪化から工事が中止され、8割方完成したところで放棄されました。この路線が完成しなかったため、東京方面からの貨物列車はいったん名古屋駅を通って稲沢駅で方向転換。再度名古屋駅を通過して名古屋貨物ターミナルに向かわなくてはなりません。
12時31分、キハ75形は定刻に名古屋駅に到着し、5時間9分の旅が終わりました。ひたすら列車に乗って、愛知・岐阜周辺を行ったり来たりするだけというレアなツアーでしたが、普段は乗れない路線を、普段は乗れない車両で乗車できたということで、皆さん満足そうな表情でした。
全員が改札口を出たことを確認し、ツアー終了。大塚さんたちもホッと一息……と言いたいところですが、まだまだ仕事は続きます。中央コンコースには、早くも次のツアー、名古屋13時40分発「<名古屋~東京間>東海道本線を国鉄車両485系が駆け抜ける!お座敷列車『華』で行く昼行の旅」の参加者が待っているのです。
「春に同じお座敷列車を催行した時は、東京から昼行で名古屋に来て、夜行で戻るという2つのツアーだったので、ホテルでしばらく休むことができました。今回はその時よりもハードですが、まだまだ大丈夫。皆さんを貴重なお座敷列車の旅にご案内します」
”クラブツーリズム鉄道アナウンサー”の鈴木悠斗さんが笑いました。東京駅到着は、7時間後の20時50分。前夜、21時にスタッフが集合して以来、実に連続24時間のツアー添乗なのです。もちろん、終了後は十分な休みが取れますが、これだけハードな仕事ができるのも、大塚さんをはじめとするスタッフ一同が、本当に旅と鉄道を愛しているからこそ。これからも多くのマニアックな鉄道ツアーが登場することでしょう。