近年導入される鉄道車両では、「VVVFインバータ制御装置にSiC素子を適用」などと謳ったものが多く見られます。このSiCとはいったい何で、これまでのVVVFインバータ制御装置に採用されてきた「GTO」や「IGBT」とは何が異なるのでしょうか?
これまでのVVVFインバータ制御装置とは
ご存じの通り、架線を流れる電気を得て、モーターを回して走るのが、電車の基本的な仕組みです。そして、電車を停止状態から発進、加速させる際、モーターに流す電流を制御する機器が「制御装置」です。
かつての鉄道車両では、抵抗器を含む回路を切り替えて電流を調整する「抵抗制御」が一般的でした。一方、現代では半導体を用いるVVVF(Variable Voltage Variable Frequency=可変電圧可変周波数)インバータ制御が一般的。近年製造された電車・電気機関車では、ほとんどがVVVFインバータ制御装置を搭載しています。
VVVFインバータ制御装置では、「GTO(Gate Turn Off)サイリスタ」や「IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor、絶縁ゲート型バイポーラートランジスタ)」などのスイッチング素子が、高速でスイッチ(機械的なものではありませんが)を入切するような動作「スイッチング」を繰り返すことで、モーターの動きを制御しています。
1980年代にVVVFインバータが普及し始めた時点では、GTO素子の採用が一般的でした。しかし、GTO素子にはスイッチング速度が低いことや、それによって騒音(磁励音)が大きくなるなどのデメリットがありました。
1990年代以降、これを解決したIGBT素子を制御装置に用いる目途が立ち、これが主流となっていきます。
たとえば、1993年に量産車がデビューした209系では、GTO素子を採用したVVVFインバータ制御装置(以下GTO-VVVF、他も同様)を搭載して製造されましたが、次世代となる2000年デビューのE231系では、IGBT-VVVFの制御装置を搭載しています。また、東京都交通局の6300形のように、製造途中でGTO-VVVFからIGBT-VVVFへ切り替わった形式も多く存在します。
採用が広がるSiCとは
SiCとは、シリコン(Si、Silicon)と炭素(C、Carbon)から構成される化合物半導体材料「シリコンカーバイト」です。
これまでのGTO素子やIGBT素子では、材料としてSiが使われてきました。一方のSiCは、Siに対し、絶縁破壊電界強度が10倍、つまり大電圧を掛けても壊れにくいことが特徴。制御装置の素子やダイオードの材料にSiCを用いることで、スイッチングの高速化を実現し、従来の制御装置と比較すると、損失(=熱など)やノイズの削減、スイッチングの高速化による車両性能向上が可能となっています。また、前記のメリットによって熱対策装備のヒートシンクやノイズ対策装備のフィルタコンデンサが小型化でき、結果的に制御装置全体の小型軽量化といったメリットも生まれます。
京成電鉄の車両を例に見てみましょう。2002年にデビューした3000形では、SiによるIGBT-VVVFインバータ制御装置を搭載。一方、2019年にデビューした京成電鉄の3100形は、一部にSiCを採用したVVVFインバータ制御装置を搭載しています。両者を比べると、3100形のものは3000形よりも小型化されているのがわかります。
制御装置に適用すれば大きなメリットがあるSiCですが、Siよりも半導体とするための加工が困難なため、近年まで一般的に用いられることはありませんでした。鉄道用として初めて実用化されたのは2012年。三菱電機製のハイブリッドSiC適用VVVFインバータ制御装置が、東京メトロ銀座線の01系に試験的に搭載されたのが初の事例となっています。
SiCを採用した制御装置には、「ハイブリッドSiC」と「フルSiC」の2つがあります。
ハイブリッドSiCは、制御装置の回路を構成する部品のうち、ダイオードだけをSiCを用いたSBD(ショットキーバリアダイオード)に置き換えたもの。スイッチング素子自体はこれまで同様にIGBTを使用していますが、従来のダイオードを使用したIGBT-VVVFよりも消費電力を削減できるなど、フルSiCほどではないものの様々なメリットがあります。
先述の銀座線01系に試験搭載されたハイブリッドSiCによる制御装置では、Siを用いた従来の車両システムよりも、約30%の消費電力を削減。さらに、発熱の低減による冷却機構のスリム化などで、従来製品よりも体積(サイズ)と質量(重さ)を約40%削減しています。
フルSiCは、ダイオードに加え、スイッチング素子自体も材料をSiCとしたものに置き換えたタイプ。ハイブリッドSiC以上に消費電力削減や発熱の低下などのメリットを得られます。
一方、SiCをスイッチング素子用に加工することは難しく、フルSiCによる制御装置が鉄道車両用として実用化されたのは、ハイブリッドSiCよりも遅れた2014年。小田急電鉄の1000形リニューアル車に搭載されたのが、世界初の実用例となりました。
小田急1000形の事例では、新型のモーターとの組み合わせにより、全体で約40%の省エネ化を達成。制御装置の外形寸法と質量は約80%の削減と、従来製品よりも大幅な小型軽量化を実現しています。同社では、2018年にデビューした70000形「GSE」や、2020年にデビューした5000形にも、フルSiCによる制御装置を採用しています。
「IGBT」と「SiC」は何が違う?
新世代の制御装置を構成するSiCですが、ときおりIGBTとSiCを比べた論調が見られます。しかしこの両者は、実はそもそも指している物自体が異なります。
IGBTなどの素子は、制御装置を構成する部品の一つ。一方、SiCは素子を作るための材料です。VVVFインバータ制御装置をカレーライスとすると、カレールーと、その材料であるカレー粉を、同列の単語として扱っているようなものです。
鉄道車両の制御機器用としては、SiCを材料としたMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor)素子をスイッチング素子として採用することが一般的。GTOやIGBTと同列に比較するのであればMOSFETを挙げるのが正しく、IGBTとSiCを同じ物のように比較するのは間違いです。
MOSFET自体は、鉄道車両の制御装置に採用される以前から存在するもの。IGBTに比べるとスイッチングの高速化が可能となり、電流損失の低減が可能というメリットがありました。しかし、鉄道用SiCパワー半導体の実用化以前、Siを用いたMOSFETでは、鉄道車両に求められる高電圧に対応することができませんでした。SiCを用いた半導体が鉄道用で実用化されることで、MOSFETも鉄道用として日の目を見ることになったのです。