近年、全国各地で相次ぐ大規模な災害。重要な交通インフラである鉄道までもが、地震や台風、雪害などの影響で線路や設備に被害を受け、年単位での運休を余儀なくされることもあります。
被災してしまった鉄道路線は、重要幹線であれば、早急に復旧することが求められます。また、国や自治体からの補助金を受けることができれば、年単位の時間が掛かったとしても、ふたたび鉄道路線として復活できます。
しかしながら、赤字ローカル線で、かつ自治体からの援助も見込めない、あるいは被害が大きすぎて費用対効果の観点からデメリットが大きい場合、鉄道会社も営利企業であるため、鉄道での復活を断念せざるを得ない場合もあります。
そこで近年、鉄道路線の代替として注目されているのが「BRT」(バス高速輸送システム)。鉄道の線路跡に専用道を敷設し、バスを運行することで、定時性の確保や復旧・運行コストの削減を狙ったシステムです。
鉄道路線の代替としてのBRTの始まりと言えるのが、福島県を走るジェイアールバス関東の白棚線です。もともとは軽便鉄道として開業し、1941年に国有化された白棚線ですが、1944年に戦時中の不要不急線として休止状態に。戦後も鉄道路線として復活することはなく、鉄道用地を転用してバス専用道を敷設し、国鉄バスの白棚線として運営されることとなったのです。国鉄分割民営化後も、JR東日本グループのジェイアールバス関東が運行を引き継いでいます。
近年整備され、BRTとしても扱われる鉄道代替路線バスが、茨城県を走る「かしてつバス」。かつて石岡~鉾田間を結んでいた鹿島鉄道の一部敷地を転用したBRTです。
かしてつバスは、2007年の鹿島鉄道線廃止と同時に運行を開始した路線バスですが、当初は全区間で一般道を経由しており、石岡市内の渋滞によってダイヤが乱れることがしばしばありました。これを解決するため、石岡市は鹿島鉄道の敷地跡を取得し、バス専用道約5.1キロを市道として整備。石岡市の市街地区間の経路を専用道へと移すことで、バスの定時性や速達性の向上を図ったのです。
同じ茨城県では、2005年に廃止された日立電鉄線も、2013年に「ひたちBRT」としてバス専用道に。こちらも日立市が日立電鉄線の敷地を取得して整備し、路線バスの環境改善を図ったものです。当初は旧久慈浜駅~大甕駅付近の約1.3キロのみだった専用道も、2018年には旧久慈浜駅~旧河原子駅間の約7.1キロに延長されています。
災害によって不通となった鉄道路線の代替手段として整備されたBRTは、現時点では東北地方の2路線のみの存在。前谷地~柳津~気仙沼間の「気仙沼線BRT」と、気仙沼~盛間の「大船渡線BRT」で、ともに2011年の東日本大震災によって被害を受けた鉄道路線の代替です。
津波によって駅や路盤、橋りょうが流されるなどの甚大な被害を受けた両線は、鉄道路線として復旧した場合に数百億円規模の金額が必要となる一方、復旧した場合にも将来的な利用者が見込めないとして、JR東日本は鉄道路線としての復旧に難色を示しました。結果、両線ともBRT方式での仮復旧が決定し、気仙沼線は2012年に、大船渡線は2013年に、それぞれBRTとしての運行を開始しました。
両BRT路線の特徴として、鉄道路線の代替として整備されたことから、ジェイアールバス関東などのバス会社の路線ではなく、JR東日本の直営(実際の運行はミヤコーバスや岩手県交通に委託)となっていることが挙げられます。また、実務上もBRTは鉄道に近い扱い。同社の規則上は「自動車線」となっており、鉄道線とは区別されているものの、鉄道路線時代と同様に、鉄道線区間とBRT区間にまたがった乗車券の購入が可能。鉄道線との乗り継ぎ駅となる柳津駅や気仙沼駅、盛駅では、鉄道線と同じ改札内にBRTのりばがあり、案内表示もフォーマットが揃えられているなど、鉄道線と同じような扱いがなされています。
なお、当初は仮復旧という扱いだった両線のBRTですが、後にこれを本復旧として採用。はじめは運休中の鉄道路線代行バスという扱いでしたが、2020年4月1日に鉄道線としての気仙沼線柳津~気仙沼間、大船渡線気仙沼~盛間が廃止され、名実共に両線の代替輸送手段となっています。
2017年の九州北部豪雨で被災した日田彦山線の添田~夜明間についても、現在BRTの導入に向けた検討が進められています。こちらも気仙沼線・大船渡線と同様、鉄道路線として復旧した場合の金額が莫大なものとなるため、JR九州が難色を示していた区間です。自治体側は当初は反発していたものの、2020年になり沿線3市町村がBRT化に同意。今後、被災区間の一部が専用道として整備される見込みとなっています。
鉄道路線をBRTに転換することで得られるメリットとして大きなものに、路線設定の柔軟性があります。
鉄道路線は、レールが無い場所で運行することはできません。一方のBRTは、バス専用道以外でも、道路さえあれば運行することができます。そのため、渋滞が激しい市街地や、災害復旧が先行した区間では専用道を走り、その他の区間では平行する一般道を走る、といったことが可能です。
かしてつバスが走る専用道では、鹿島鉄道の代替バスのほか、石岡駅と茨城空港を結ぶバスも走行。大船渡線BRTでは、ミヤコーバスの一般路線バスもBRT専用道を走行し、かつての大船渡線区間に留まらない路線網を形成しています。
また、1便あたりの運行コストを下げることができるため、鉄道時代よりも増発されることもあります。
気仙沼線の場合、被災前の2009年の運行本数は、前谷地~気仙沼間が下り10本、上り9本(うち2往復は快速「南三陸」)、本吉~気仙沼間の区間列車が下り2本(うち1本は休日運休)、上り1本で、下り計12本、上り計10本でした。
一方、BRT後の運行本数は、柳津~気仙沼間が上下各15本(前谷地駅発着を含む)、陸前戸倉~気仙沼間が下り1本(土休日運休)、志津川~気仙沼間が下り6本、上り4本、本吉~気仙沼間が上下各12本(うち下り2本は土休日運休)で、下りは計34本、上りは計31本。区間便も含めれば、本数は上下ともほぼ3倍となっています。
一方、BRT化によって鉄道よりも運転速度は低下してしまうため、所要時間は若干増加します。
同じく気仙沼線の場合、2009年の普通列車935Dは、柳津駅を6時46分に出発し、気仙沼駅に8時12分に到着と、同区間を1時間26分で走破するダイヤが組まれていました。一方、現在柳津駅を5時54分に出発するBRTは、気仙沼駅に7時41分に到着するという、所要時間1時間47分のダイヤ。途中駅での停車時間の違いはありますが、鉄道時代より所要時間が21分増加しています。
そして、最大の懸念点が、BRTの形骸化です。バス専用道を走ることで定時性を確保しているBRTですが、さまざまな理由によって専用道から平行する一般道に経由ルートが変わってしまえば、BRTとしてのメリットを活かすことができなくなってしまいます。
実際、先に挙げた白棚線では、平行道路の整備などによって、バス転換当時よりもバス専用道区間が減少しています。BRTと定められているわけではない白棚線の場合は、他のBRTとは条件は異なります。しかし、BRT路線でも再び災害が発生するなどでバス専用道が不通となり、そのまま一般道経由が常態化してしまう可能性も考えられます。
また、鉄道路線ほどのコストは掛からないとはいえ、バス専用道を自社で維持管理する必要もあります。公共道路では国や自治体が管理責任を持ちますが、気仙沼線・大船渡線BRTのような私道の場合、普段のメンテナンスも自社が担当することになります。もちろん鉄道路線でもBRTでも条件は同じではありますが、将来的に事業者の経営状態が悪化した場合、BRTとしての運行を放棄することもあり得るのではないでしょうか。
廃止路線跡を活用したかしてつバスとひたちBRTでは、バス専用道は自治体が整備・管理し、バス事業者は運行のみを担う「上下分離方式」が採られています。このため、事業者の負担は限定的で、一般道を走る路線バスと同様の負担での運行が可能です。このように自治体が積極的に補助する場合には将来にわたって円滑な運行が見込めますが、被災路線の復旧を自治体が事業者に丸投げし、支援する姿勢も見せない場合には、仮にBRTなどのシステムを導入したとしても、将来にわたって安定的な公共交通機関の提供が続けられるかは未知数です。
少子高齢化によって利用者が減少し、さらに新型コロナウイルスの影響で都市圏の路線ですら利用者減で収入が悪化している現代。今後も永続的に公共交通機関のサービスが提供されるには、鉄路にしろバスにしろ、国や自治体との連携が欠かせなくなりつつあります。