新しい形のバス「BRT」
さて、いま世界各国で導入されているBRTは、「定時性」「輸送力」「路線設定の自由度」「コスト」というメリットを兼ね備えた、従来型のバスとは異なる低・中量クラスの公共交通システムです。
都市部への公共交通導入を考えた際、一般の鉄道路線(ヘビーレール)や地下鉄は、定時性が担保でき、大きな輸送力も確保できる一方、専用の鉄道敷地が必要となり、建設には多大なコストが掛かります。道路上を走る路面電車では、信号などとの連携次第では定時運転を実現しやすく、ヘビーレールよりもコストを抑えられるものの、線路が敷かれていない場所へ路線を伸ばすことはできません。
通常のバスでは、路線設定の自由度は高く、自社で道路設備を保有する必要がないため、コスト面でも鉄道よりは有利です。一方、渋滞に巻き込まれる可能性などで鉄道路線よりも定時性には劣るほか、輸送力も路面電車より小さくなる傾向にあります。
これらを解決すべく、ブラジルのクリチバやアルゼンチンのブエノスアイレスなどで導入されたのがBRT。一般の自動車と同じ道路を走行するものの、BRTはバス以外の侵入を排除した専用レーンを走行し、渋滞による遅延を抑えています。また、交差点の信号もBRTを優先するシステムを取り入れることで、定時性を担保しています。
車両は、複数車体を連結した連節バスが一般的。ブラジルでは3車体を連結した車両も使われており、一般的なバス以上の定員を確保しています。車両システム自体は一般のバスと変わらないため、専用レーンの整備区間外へも路線網を伸ばすことができます。停留所にも工夫があり、一部では鉄道駅のような改札を設置して料金を事前に徴収。バスの乗降時の支払いを無くし、乗降時間短縮を狙っています。
これだけのメリットがありながら、レールや電化設備を整備する必要が無いため、路面電車よりもコストは低くなる傾向にあります。なお、都市中心部では、バス専用レーンよりもコストは上昇するものの、新交通システム(AGT)のような専用道を建設し、定時性の確保を目指している都市もあります。
これらに加え、多頻度運行や速達種別の設定などで、利用しやすい交通サービスを整備。比較的低コストながら高度な公共交通システムとして、世界各国で導入されています。
日本でも導入が進む「日本型BRT」
現在、都市部で路線バスをBRTと名乗って運行しているのは新潟交通「萬代橋ライン」、岐阜乗合自動車、大阪メトロ「いまざとライナー」、西日本鉄道「Fukuoka BRT」、西鉄バス北九州「Kitakyushu BRT」の5社。このうち、「いまざとライナー」を除く4社では、諸外国と同じ連節バスで運行しています。
この中でも独特なのが「いまざとライナー」。既存バス路線の進化版に位置づけられる他社のBRTに対し、「いまざとライナー」は大阪メトロ今里筋線の延伸を目指した社会実験として運行されています。停留所の数を絞ることで所要時間を短縮するほか、PTPSこそ整備されていないものの、全運行時間帯をカバーしたバス優先レーンを設定するなど、速達性に配慮。地下鉄駅では「いまざとライナー」の乗換案内を表示するなど、一地下鉄路線に近い扱いとなっています。
なお、国土交通省の定義では、BRTは「連節バス、PTPS、バス専用道、バス専用通行帯等を組み合わせることで、定時性の確保、速達性の向上や輸送能力の増大を可能とする機能を備えたバスシステム」。2019年10月31日時点では、上記5社や「気仙沼線BRT」などの廃線活用型BRTに加え、京成バスによる千葉市幕張エリアのバスや、神奈川中央交通が町田市などで運行する「ツインライナー」などの連節バスも、BRTとして扱われています。一方、先述のいまざとライナーは、この定義ではBRTには含まれていません。
また、海外ではバス専用レーンの整備が一般的なBRTですが、日本ではバス優先レーンに留まったり、あるいは専用・優先レーンを整備しない都市もあります。先の5社でバスレーンが整備されているのは、岐阜乗合自動車といまざとライナー、Kitakyushu BRTのみ。萬代橋ラインとFukuoka BRTでは、他の路線バスや一般車と同じ路面を走行しています。
海外のBRTよりも広くカバーする、国土交通省が定義するBRTですが、このシステムを整備する際には、国からの補助金が得られるメリットがあります。
BRTの走行空間や車両基地などを整備する地方公共団体等に対しては、「社会資本整備総合交付金」として費用の過半数を、連節車両やPTPSの導入、バスロケーションシステムやバス停留所の整備を担う運行事業者に対しては、「地域公共交通確保維持改善事業」として費用の3分の1を、それぞれ国が負担する制度が設けられています。
この、海外とは一風変わった「日本型BRT」とも言えるシステムですが、海外のような高度な要件に限らずにBRTと呼ぶことで、事業者や自治体の導入ハードルを下げている側面もあるようです。
過去にも志向された、路線バスの速達化
日本では近年になって注目されているBRTですが、1980年代にも同様のバスシステムが志向されたことがありました。「都市新バスシステム」です。
このシステムを初採用した東京都交通局(都営バス)では、バスの位置情報を停留所で知ることができる「バスロケーションシステム」や、バスレーンの導入などで、利便性や定時性を確保。「グリーンシャトル」や「グリーンアローズ」といった愛称を付け、1984年に運行を開始しました。
ほかにも、新潟交通や静岡鉄道などが、都市新バスシステムを導入。福岡県の西日本鉄道ではこれに加えてPTPSを導入し、従来以上の定時性確保を目指しました。現在では同様のシステムはさらに広まっており、都市部の路線では都市新バスシステムと銘打たずとも、これを導入している事業者もあります。
また、都市新バスシステムよりもさらに高速化を図ったシステムがあります。名古屋市交通局が運行する「基幹バス」です。
都市新バスシステムよりも早く、1982年に運行が始まった基幹バスでは、バスレーンの整備や、停留所間隔の長大化、バスを優先した信号システムの導入などにより、所要時間を一般路線バスよりも短縮。整備された2系統のうち、1985年に開業した基幹2号系統(栄~四軒家など)では、路上駐車車両などの影響を防ぐため、バスレーンや停留所を路面電車のように道路中央部へ設置する、独特な光景が見られます。
名古屋市では、将来のまちづくりと絡めた独自の公共交通システムとして、BRTを発展させた形の「SRT」(Smart Roadway Transit)の導入を検討中。路線バス先進地区として、他地域を大きくリードしています。
実は意欲的な東京BRT
東京BRTに話を戻すと、プレ運行としている通り、現時点では新しい一般的な路線バスが運行を開始したに過ぎません。
ただし、東京BRTを取り巻く環境は、運行事業者だけの努力で解決できるものでもありません。
たとえば、旧築地市場の移転が遅れた結果、環二通りの延伸に影響を与えており、2015年完成予定だった旧築地市場周辺の区間は現在も工事中。当初の予定通り環二通りが開通していれば現在よりも速達運行が可能だったはずですが、現状は旧築地市場付近の交差点で渋滞に巻き込まれるなど、LRT並みの速達運行はできていない状況です。
路線バスは、公共空間を走る交通機関という特性上、設備改良には行政との連携が不可欠です。その点、東京BRTでは、東京都都市整備局が中心となり、東京都都市整備局と、運行事業者である京成バス、本格運行開始後に運行事業者となる東京BRT株式会社が、密に連携しながら、プロジェクトを進めています。
また、現状こそ一般の路線バスレベルですが、将来的なLRT並みへの速度向上、路線網の拡大など、将来のビジョンは明確。また、「エルガデュオ」に搭載されている、バスと停留所の隙間を減らすように自動で路肩に寄せる「正着制御」の導入試行や、券売機による乗車券の事前販売の検討など、新技術や諸外国のようなサービスの導入にも積極的です。残念ながらバス専用レーンの導入こそ予定されていませんが、将来の本格運行時に目指すレベルとしては、日本国内のBRTではかなり高いところにあるのではないでしょうか。
10月1日の運行開始から1か月が経った11月初旬、夕方の東京BRTに乗車してみると、ラッシュ時にも関わらず乗客はまばら。都心部の虎ノ門や新橋を経由するとはいえ、勝どきエリアや晴海エリアの外れに置かれているバス停では、多くの需要の受け皿とはならないようです。
しかしながら、現時点ではプレ運行の東京BRT。先述したように、今後の路線拡大によって、利用者が大きく増える将来が見えます。
運行開始当初は静かながらも、将来の可能性が見える東京BRT。他のBRTもこれに追従し、さらなる高度なシステムに進化できるか、注目です。