ニコン「Z9」の驚くべき性能
2021年12月24日に発売されたニコンミラーレス一眼フラッグシップ「Z 9」。10月発表時のスペックやそれ以前からの評判は、ニコンユーザのみならず、多くの写真愛好家に衝撃を与えました。
満を持して登場したZ 9は、これらの期待を裏切ることなく、現在愛用している私に、久しく忘れかけていた鉄道写真を撮るワクワク感を呼び起こしてくれています。一言でいうと「とんでもないモンスターマシン」です。
Z 9に搭載された様々な機能や能力は、鉄道写真撮影では大きな力になるものばかり。今回は、そんなZ 9の能力の中でも、鉄道写真撮影で特に生きる6種類の性能を細かく説明していきます。
9種類の被写体検出 乗り物(鉄道)を搭載!
ニコン「Z 6II」や「Z 7II」などで搭載された被写体検出モードは、人物の顔(瞳検出)や犬、猫のみでした。しかしZ 9は鳥や車、そして鉄道など、大きく上回る世界最多9種類の被写体検出(2022年3月現在)を搭載しました。被写体検出に鉄道を入れてほしいと、何度か催されたニコンの開発者陣との意見交換会でお願いをしていましたが、遂にそれが実ったのではと私は勝手に喜んでいます(笑)。
さて、今までAF-C(コンティニアスAFサーボ)を使って鉄道写真、特に編成写真を撮るときは、AFエリアを的確に設定し、そのエリアに車両が入った瞬間にAFを駆動させなくてなりませんでした。そこで万が一タイミングがズレたり、AFエリアの設置場所が悪かったりするとAFが迷うリスクもありました。
そこでAFの大きな補佐をしてくれるのが被写体検出(鉄道)です。Z 9が列車のどこを狙うか独自判断することで、後で述べるオートエリアAFやワイドエリアAF、3D-トラッキングのAF-Cが、より確実に作動してくれます。
ちなみに、被写体検出はあくまでAFターゲット(被写体=鉄道)をカメラが検出するもので、AF駆動とは別と考えてください。AFを作動させなくてもカメラがアクティブであれば、被写体の動きに合わせて被写体検出の枠が出現、追尾し始めます。その動きで被写体検出とAFシステムは別とお判りになるでしょう。
9種類の被写体検出は、画像処理エンジンである「EXPEED7」とディープラーニング技術によって生み出される、新時代のシステムなのです。なおディープラーニングは、Z 9自身が行うものではなく、開発部でディープラーニングを活かしたプログラムをファームアップする形になります。よって、Z 9が独自の癖をつけたり、間違った情報を記憶するということはありません。
高速&高精度AF!
いくら9種類の被写体検出ができても、それを活かすAF能力がなければ宝の持ち腐れとなります。そこでZ 9は、積層型CMOSセンサーの読み出し速度と画像処理エンジンの高速処理の連携により、高速連続撮影中であってもAF演算の質と量を上げています。
また、Zマウントレンズとの情報伝達も高速化し、特に1カット撮影ごとに距離情報を伝えるシステムのおかげで、AF-C使用撮影時はより高精度なピント合わせが可能になりました。
以前の連載記事「ミラーレス一眼が拓く新たな鉄道写真の世界 第2回『ミラーレス一眼・一眼レフでAFを使いこなす』」でも触れましたが、一眼レフの位相差AFに比べ、ミラーレス一眼の像面位相差AFは構造的にAF精度が劣るとされてきました。しかし各カメラメーカーがミラーレス一眼開発に注力する時代になり、ミラーレス一眼の像面位相差AFの性能は、一眼レフの位相差AFの精度と速さを超えなくてはならないとの使命感に、開発部は日々努力を重ねてきました。
そこでニコンがZ 9で導き出したのが、9種類の被写体検出と高速で演算するAFシステムの組み合わせです。短時間に何度も距離情報を解析しAFを駆動することで高速&高精度AFを実現することができました。
ちなみに、ニコン一眼レフのAF-CではグループAFやダイナミックAFが多用されていましたが、Z 9をはじめとしたニコンミラーレス一眼のAFでは、ワイドエリアAFや3D-トラッキング、ターゲット追尾AFの使用がおすすめです。
ダイナミックAFは、多点AFの情報計算を同時にこなして被写体までの距離を算出しますが、ニコンミラーレス一眼の像面位相差AFはどちらかというと、使用するAFポイントを絞り込んで、計算量を減らした方が正確なピントが得られ易いと開発者の方に聞きました。また、先に述べた以前の連載記事にも書いた通り、ミラーレス一眼の像面位相差AFはカメラを横位置で構えた場合、縦ラインの検知が強くなります。それを踏まえて、Z 9での撮影だけでなく、他のZシリーズカメラでの撮影にも応用してみると良いでしょう。
ブラックアウトフリーEVF「リアルライブビューファインダー」
鉄道写真で最もポピュラーかつテクニカルな撮影といえば「流し撮り」です。手ブレをするほどの低速シャッタースピードで、列車の動きに合わせながらカメラを振りつつ撮影する方法で、うまく決まると列車の一部、または全体が止まっているのに、背景が流れる、疾走感あふれた表現ができます。
ただ、スローシャッターになる分、画像記録中はミラーアップする一眼レフではブラックアウト、ミラーレス一眼ではブラックアウトや静止画状態になります。となると、走る列車を正確に追い続けるのが難しいもので、そこは勘や経験、そして技術が必要でした。
一眼レフでは、ミラー部に固定型のハーフミラー(ペリクルミラー)を使用したカメラがいくつか出ましたが、ハーフミラーだけに透過率が下がる分、露出が暗くなったり、ファインダーの視認性が落ちたりと、全機種に普及するまでは至りませんでした。
ミラーレス一眼のEVFとなってからは、撮影中もブラックアウトはせず、動画のような表示ができる機種が出たものの、EVFならではの問題点である表示タイムラグの多さによって、動体を追い続けるのが難しいものでした。従来のブラックアウトフリーEVFは、画像記録時はその前後の動画(または静止画像)を表示して動画のように見せていましたが、特に高速連写での画像記録時はタイムラグ表示されたり、急に画像が飛んだりと動体を追うのに問題を残しました。
そんな中、Z 9が搭載した新開発ブラックアウトフリーEVF「リアルライブビューファインダー」は、デュアルストリーム技術で対応。画像記録時にメモリーカードへエンコードする画像処理と合わせて、EVFにも同じ画像を同時に表示することを可能にしました。よって高速連写時もシームレスなEVF表示となり、高速連写中とは思えないほど、滑らかな動画を見ている感覚で列車を追い続けることができるようになりました。
つまり、流し撮りの精度は格段に上がり、失敗が少なくなります。そうすれば、貴重な列車の撮影でも、流し撮りに挑戦する意欲も出てきます。このように、Z 9の「リアルライブビューファインダー」は、鉄道写真の表現力を広げることにも一役買っています。
ちなみに、EVFに表示される画像はシャッタースピードに影響されます。高速連写で1/40秒程度まででしたら人間の目の残像現象もあって動画のように滑らかに見えますが、それ以下になるとカクカクとした見え方になります。ただそれでも、一眼レフのブラックアウト時間と比べると、ファインダー表示回復が非常に速いので、Z 9の方がはるかに走る列車を追い続けやすいというのが私の感想です。
ついに完全電子シャッター化
「完全電子シャッター化は他のメーカがするのでは?」と考えていたカメラ業界の人々が多かっただけに、Z9の完全電子シャッター化に驚いた人が多かったのも事実です。電子シャッターに関しても、以前の連載記事「ミラーレス一眼が拓く新たな鉄道写真の世界 第1回『ミラーレス一眼カメラと一眼レフのシャッターシステム』」で触れましたが、デジタルカメラの完全電子シャッター化はいくつも壁がありました。
まずは「ローリングシャッター歪み(ローリング歪み)」。先幕と後幕で作るスリットを利用したフォーカルプレーンシャッターは、一瞬にしてセンサー全体の露光を開始・終了するので、動体を撮影する時、幕が開いてから閉まるまでのタイムラグによる歪みはほとんどありませんでした。
しかし、現在一般的な電子シャッターはローリングシャッターとも呼び、スキャナーのように上段から下段へと読み取っていくように露光します。その読み取り速度はフォーカルプレーンシャッターの露光開始→終了までより遅く、タイムラグのせいで真横に高速で走る列車を撮ると平行四辺形のように歪みます。これがローリングシャッター歪み(ローリング歪み)と呼ばれるものです。
完全電子シャッター化を目指す際のそれら問題に対し、Z 9では読み込み速度を大幅に上げることで、ローリングシャッター歪みを大きく改善しました。もちろん高速で走る列車を真横で画面いっぱいに撮影すると歪みますが、通常の編成写真では歪みは全く感じません。また真横いっぱいに列車を大きく撮影する時は流し撮りの要領で撮る方が一般的ですので、そういった撮影でも心配無用です。
それでは逆に、完全電子シャッター化の利点を挙げてみましょう。
まず1つ目は、さらなる高速シャッタースピードが設定できることです。フォーカルプレーンシャッターは安定して撮れる限界は1/8000秒といわれていますが、時速300km/hで走る新幹線を標準レンズで編成写真として撮る場合は1/8000秒でもブレます。Z 9の電子シャッターは1/32000秒も撮れるので、高速で走る新幹線も写し止めることはできますね。
2つ目は、1/2秒~2秒程度の長時間露光撮影での優位性。この程度の長時間露光撮影で望遠レンズを使用すると、いくら三脚にセットしていてもフォーカルプレーンシャッターの振動でわずかにブレが生じ、画像にも影響が出ます。一眼レフでは、さらにミラーアップショックによるミラーブレというものも加わります。
フォーカルプレーンシャッターの場合は、その対処法として「電子先幕シャッター」というのがあります。シャッターを開く動作は電気的なシャッターにして振動を無くし、終わるときは通常のシャッター幕が閉まることで撮影を終了します。
しかし、いちいちその撮影の度に電子先幕にしたり、そのあとで解除したりするのはわずらわしいですよね。完全電子シャッター化されたZ9ならば、どの状況でも同じ電子シャッターなので迅速に撮影でき、セッティングの戻し忘れといったミスもなくなります。
そして3つ目に挙げるのが、メカシャッター由来の故障が無くなるということです。よくカメラの耐久度を表す指標に「〇〇万回撮影分のシャッター耐久性」と書かれたのを目にしますが、メカシャッターは精密でデリケートな機構であるために故障も発生します。しかし、完全電子シャッター化すれば、その懸念が無くなります。それは、プロやハイアマチュアなどのハードユーザーには、とても重要なことでもあるのです。
フラッグシップ機なのに高画質機
今までのデジタルカメラのフラッグシップ機というと、高速連写&高バッファメモリによる長時間連写というイメージでした。画素数が多くなると読み込み時間も長くなるので連写速度が落ちますし、長時間連写をすると一気にカメラ自体のバッファメモリを使い切ってしまい、すぐに連写が止まるからです。
そのため、報道やスポーツ写真撮影などは、高画素の緻密な表現力よりも、なるべく長時間連写できることをフラッグシップ機に求めていました。この結果、フラッグシップ機の中には、標準的な画素数かそれ以下という機種もありました。
しかしZ 9は、高速連続撮影と長い連写時間が確保されているにもかかわらず、有効画素数は4571万画素。高画素機であるZ7IIとほぼ同じ画素数を誇ります。相当なバッファメモリを積んでいると想像できますが、それだけでも驚愕の性能ではあります。
また、秒間約20コマという高速連続撮影を実現したのは、新世代画像処理エンジンEXPEED7の能力と読み出し速度、メモリーカードへの書き込み速度の高速化によります。すべてが今までのミラーレス一眼にはない、跳び抜けたスペックを持っているのです。
高画素機として生まれたZ 9は、今までのフラッグシップ機愛好家だけでなく、風景写真や緻密な写真表現を好む写真作家の琴線に触れる、オールマイティフラッグシップ機でもあるのです。
また、高画素機でありながら豊かなダイナミックレンジも特徴の一つです。ダイナミックレンジレンジとは、ハイライトからシャドーまでの階調を指す言葉ですが、これが広ければ広いほど滑らかで自然なトーンが表現できます。ハイライトとシャドーが混在する鉄道写真撮影では、重要な表現力の一つにもなります。
ちなみに私の個人的な見解ですが、Z 9はハイライト側よりもシャドー側の方が粘りがあるので、露出はハイライトを概ね基準として、アクティブD-ライティングの強弱やレタッチによってシャドーを出すようにすると良いでしょう。
鉄道写真撮影が楽しくなるZ9
Z 9の性能で鉄道写真に生かせる特徴を5つほど上げましたが、いかがだったでしょうか。これだけでも鉄道写真撮影に比類なきモンスターマシンということがお判りになったと思います。
Z 9についてはさらに掘り下げた内容もありますし、ご紹介できなかった機能もあります。また、鉄道写真では今まで考えられなかった設定や、私の知らないワンランク上の撮影方法があるかもしれません。また機会がありましたらそのお話もできればと思います。
Z 9は2022年3月現在では受注好評なため、一部入手が困難な状態になっています。そんな時は、ニコンプラザ東京・大阪などでまずは実機に触れてみてください。それだけでもZ 9の素晴らしさは体感できること間違いありません。
美しい作品、素晴らしい写真を撮るだけでなく、多くの人の期待と夢をかなえてくれるのが、ニコンミラーレス一眼フラッグシップカメラ「Z 9」なのです。