鉄道コム

助川康史の「鉄道写真なんでもゼミナール」

知られざるプロの「鉄道写真家」の仕事内容とは?

2022年9月10日(土) 鉄道カメラマン 助川康史

写真撮影だけではない、鉄道写真家のお仕事は?

さて、私がプロの鉄道写真家になった経緯を駆け足でお話ししましたが、いかがだったでしょうか。

鉄道写真だけでなく、そもそも写真業というのは技術職であり、それ故、昔は大工のような徒弟制度的な風潮が一般的でした。スポーツ写真でも人物写真でも商品撮影でも、師の下で学び、やがて独り立ちをするというのが、この業界の主流でした。私もその流れでプロになれたわけですが、プロ鉄道写真家にはアマチュア時代から鉄道誌に投稿していて、そのままプロになったという方も多くいらっしゃいます。

どの写真分野でも同じことですが、プロカメラマン・写真家とは、写真の撮影や貸し出しを生業として生計を立てている職業の人を指すのは、皆さんもご存じだと思います。ただ詳しい仕事内容はわからず、また「鉄道写真が仕事になるの?」と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで、私の仕事内容を例に、プロの鉄道カメラマン・鉄道写真家がどのような仕事をしているのかをお話しします。

・時刻表関連の取材撮影&写真貸し出し

皆さんが本屋などで目にする時刻表ですが、表紙の写真には鉄道写真がよく使われており、またその写真はプロが担当することも多くあります。時刻表は月刊だけに、表紙は話題の車両や発行月号に合わせた季節などの写真が必要になります。新車に関しては特写(撮影自体を依頼されること)することがほとんどですが、その他季節の写真であれば撮影済みのストック写真を貸し出しています。

鉄道写真を使用した「JTB時刻表」。左のように文字などが入ることを想定して、撮影時には右のように構図を考え撮影します
鉄道写真を使用した「JTB時刻表」。左のように文字などが入ることを想定して、撮影時には右のように構図を考え撮影します

ここで一つプロらしいお話をするならば、時刻表には時刻表用の構図というのがあります。特に表紙は写真だけでなく、様々な文字情報もデザインに組まれます。そこで、文字や題名が入るようレイアウトを意識した専用の構図で撮影するのです。文字が列車に中途半端にかからないように、列車の大きさと空間を考えて、撮影地を選び撮影します。これは職人技の一つといっても良いのではないでしょうか。

・鉄道趣味誌やWeb関連の撮影&執筆

私が鉄道写真家になるまでの道のりでも書きましたが、鉄道写真家が通るべき登竜門といっても良いのが、鉄道趣味誌のお仕事です。鉄道趣味誌は、その名の通り鉄道趣味層をターゲットにした専門誌ですので、読者の目も厳しく、それ以上に編集長の目も厳しいのです(笑)。毎回特集に合わせて撮影内容が依頼されますが、写真家本人が何をどう撮影するのか考え調べることも多く、鉄道写真家も鉄道ライターも鉄道知識と取材力を鍛えられます。

筆者が鉄道関連の印刷媒体用に撮影した作品。カレンダーや旅雑誌などでの使用を想定して、季節感を表現した写真としました
筆者が鉄道関連の印刷媒体用に撮影した作品。カレンダーや旅雑誌などでの使用を想定して、季節感を表現した写真としました

ちなみに私は現在、交通新聞社発行の「鉄道ダイヤ情報」で連載を続けていますが、写真だけでなく執筆も担当しています。またその逆に写真が撮れる鉄道ライターも多く起用されているのが現在の鉄道趣味誌です。

筆者が連載している雑誌「鉄道ダイヤ情報」。文章の執筆も担当しています
筆者が連載している雑誌「鉄道ダイヤ情報」。文章の執筆も担当しています

そして鉄道趣味誌と同じように、この「鉄道写真なんでもゼミナール」を連載している鉄道コムを始め、鉄道情報コーナーのあるWebサイトなどのお仕事も近年は増えてきました。Webサイトの記事も鉄道の知識だけでなく、カメラや写真の知識、風土や季節など、幅広い知識や対応力が求められ、鉄道趣味誌と同様に文章の書ける鉄道写真家や、写真が撮れる鉄道ライターが活躍しています。鉄道趣味界のプロにもハイブリッドな人材が重視される時代となってきたのでしょう(笑)。

・鉄道関連印刷媒体の撮影&写真貸し出し

鉄道写真を使用する印刷媒体は、時刻表だけではありません。鉄道会社のポスターや広報誌、出版社のカレンダーや写真絵本、旅行誌の記事や案内などにも、鉄道写真は多く使用されます。各媒体からの依頼を受け、撮影や写真の貸し出しをするのも、プロ鉄道写真家の大きな仕事の一つです。

トンネルから姿を現した瞬間のE5系。こちらはJR東日本のポスターに使用された写真です
トンネルから姿を現した瞬間のE5系。こちらはJR東日本のポスターに使用された写真です

鉄道趣味誌や鉄道趣味層向け印刷物、写真絵本などは、どちらかというと編成写真などの列車を大きく写す写真の需要が高いですが、そのほかの印刷媒体では、美しい鉄道風景写真も多く使われます。そのため、四季の彩りも取り入れた鉄道風景写真の撮影も欠かせません。特に貸し出し用の写真(ストック写真)を撮りに行く場合、私は1つの路線を撮影するときは、その路線を走る車両の編成写真に加え、必ず鉄道風景写真を複数撮るということを決めています。

時刻表もそうですが、旅雑誌などは季節感のある写真も必要になってきます。しかし印刷物の作成は1~2か月前なので、例えば夏に出る書籍でも、編集作業を進めるのはまだ春、ということもよくあります。また、ポスターなどは写真の納品がさらに前ということもあります。撮りおろしの場合は前年の同時期に撮影することも多く、問題はほとんどありませんが、もし納期直前に撮影するとしたら季節がずれてしまいますね。そのため、前年かそれ以前に撮影した同季節のストック写真の存在が重要なのです。

しかし、全国の全路線の四季の写真を1年で撮影するのはさすがに無理です。よって、今はどの列車の写真が業界内で需要が出てくるかを考えます。特にJR・私鉄も含め新車、とりわけ特急などの優等列車用の新車は必要です。逆に、さよなら列車や引退間際の列車写真の需要はほぼ無くなります。印刷物が出る頃には撮影した列車は引退しているからです。よって、そういった列車を撮りたいという鉄ちゃん的な気持ちを抑えつつ、新車の動きに合わせた撮影行になることもざらです。商業的でドライな話ではありますが、それが生活の懸かっているプロの世界なのです(笑)。

・新車の報道公開や鉄道会社の広報撮影

鉄道誌や鉄道Webサイト、はたまた新聞社の依頼で、新車の報道公開に参加し撮影することも良くあります。新車にいち早く触れることができ、性能や機能などを直接開発担当の方や広報の方に聞くこともできるので、新車好きな私としてはお祭りのようなお仕事です。

新車にいち早く触れることができる報道公開
新車にいち早く触れることができる報道公開

ただ、報道公開では多くの雑誌社、新聞社、テレビ局、情報Webサイトの記者とカメラマンが短時間で一斉に取材するので、簡単には思い通りの写真は撮れません。特に車内の撮影は大変です。人が全くいない車内全体を撮る「見通し」撮影は、それぞれが勝手に動いては撮ることは叶いません。

「役得」とも言える新車の報道公開。とはいえ、車内の見通し写真の撮影は大変……
「役得」とも言える新車の報道公開。とはいえ、車内の見通し写真の撮影は大変……

そこで我々プロ鉄道カメラマン・鉄道写真家は結束して、すぐさま撮影順を作り、互いに声を掛け合い、交代し、譲り合いながら効率よく撮影しています。報道公開に集まるプロ鉄道カメラマン・鉄道写真家は、同じ修羅場を越えてきた歴戦の猛者にて仲間ばかり。現場はさながら体育会系のノリです(笑)。逆に一般の新聞社やテレビ局は鉄道車両の報道公開に慣れていない取材クルーも多いので、撮影グループが一緒になった時はプロ鉄道写真家集団ならではの撮影方法をお話して、一緒に撮影してもらっています。効率よく撮影できることで、新聞社やテレビ局の取材クルーにも喜ばれています。

またこれも特殊ですが、鉄道会社の広報誌や社内報などの撮影をすることもあります。内容的には車両写真というよりも、現場の方のポートレート撮影や作業現場を撮影することになります。人物写真の考え方と撮影技術が必要になりますが、プロ鉄道カメラマン・鉄道写真家は鉄道に詳しいだけあって、現場でどのように撮影すれば鉄道に携わる人々の魅力を引き出すことができるかも熟知しています。編成写真や鉄道風景写真とは全く違う撮影スタイルになりますが、鉄道に関係したお仕事だけにやりがいもある撮影です。

これらの撮影は、一般の方はなかなかできないものであり、プロならではの特権です(笑)。まさに写真家冥利に尽きるお仕事ではないでしょうか。

・鉄道模型やおもちゃなどの鉄道商品への写真貸し出し&特写

鉄道趣味界には、Nゲージや16番ゲージなどの鉄道模型を楽しむ人も多く存在します。また、幼いころからプラレールなどの鉄道のおもちゃに親しんだという人は、さらにたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。私も、鉄道おもちゃはプラレールから始まり、スーパーレール(タカラトミー、現:トミーテック)、ミニミニレール(バンダイ)を経てNゲージに至り、今でも少しずつですが車両コレクションは増えています。

鉄道関連品のパッケージなどでも実車の写真が使われることが。こちらの写真は、鉄道模型の説明書に使用された作品です
鉄道関連品のパッケージなどでも実車の写真が使われることが。こちらの写真は、鉄道模型の説明書に使用された作品です

さて、そんな鉄道模型や鉄道おもちゃのパッケージなどを、実車の写真が飾っているのを見たことは無いでしょうか。その写真もプロ鉄道写真家が携わっていることがよくあります。特に製品化決定した車両はまだ現物がないので、Webやポスターなどの告知では実車の写真が使われています。お仕事としては時刻表と同じように、依頼内容によって特写したり、ストック写真の貸し出しで応じます。皆さんの、そして私自身の購買意欲をさらにかき立て、ひいては日本の経済の活性化に一役買っているわけです(笑)。

鉄道模型では、現物が無い発表段階で写真を使用することも
鉄道模型では、現物が無い発表段階で写真を使用することも

・その他の写真家としての活動

ここまでは鉄道趣味に関連したプロ鉄道カメラマン・鉄道写真家の仕事の話をしましたが、そのほかにもカメラメーカーや写真関連メーカー、そしてカメラ雑誌・カメラWebサイトなどで、カメラやレンズのインプレッションや撮影テクニックの執筆、実演なども担当することがあります。鉄道趣味層だけでなく、写真愛好家全体へ向けた内容になるので、より作品的な鉄道写真とカメラやレンズなどの知識が必要になります。

また同様に、私が講師を務めるニコンカレッジなど、カメラメーカーやカルチャーセンターなどの写真講座・セミナーで講師を務めるプロ鉄道写真家も数多くいます。もちろん、セミナーの内容は、鉄道の知識よりもカメラやレンズの知識が重要になるのは言うまでもありません。

「ニコンカレッジ」の撮影実習で解説する筆者(編集部撮影)
「ニコンカレッジ」の撮影実習で解説する筆者(編集部撮影)

オールラウンダー&アグレッシブな鉄道写真家を目指す!

ここまで、プロ鉄道カメラマン・鉄道写真家の仕事内容をざっと並べてみました。いかがだったでしょうか。あくまで私のお話であり、鉄道写真界には様々な経緯を経てプロになった写真家やカメラマンがいます。また同じプロ鉄道写真家であっても、被写体や撮影スタイルは様々です。

ただ共通していることは、鉄道の知識はもちろん、それ以上に様々な知識やスキルが必要です。過去に我が師・真島に「鉄道写真家はなんでもできなくてはならないんだ。鉄道写真はもちろん、人物や物撮り、そして文章もだ。鉄道分野は深く、他の分野は浅くてもいいから広く学べ」と言われたことがありました。私はこれを「鉄道写真家よ、大きくオールラウンダーであれ!」と受けめています。

私もプロ鉄道写真家といわれて20年近くになりますが、今、その言葉の重さを噛みしめながらシャッターボタンを押しています。また「怖がらずに新しいことにも挑戦する」という気持ちも大切です。常にアグレッシブな気持ちさえあれば、鉄道写真の世界は次々に広がっていきます。「オールラウンダー&アグレッシブ」。それは写真だけに限らず、様々な業種でプロと呼ばれる人たちにとって大切な素質なのかもしれません。

次回の「助川康史の『鉄道写真何でもゼミナール』」は、撮影後のRAWデータのレタッチについてお話しいたします。写真はJPEG撮って出しでも良いのですが、作品をよりよく見せるには、RAWで撮影して、後で画像のレタッチをすることが必要不可欠です。少し専門的な話になりますが、覚えて欲しい基本的な処理やテクニックもお伝えします。ご期待ください!!

 

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