いよいよ3月16日に開業する、北陸新幹線の金沢~敦賀間。首都圏から福井県まで乗り換え無しでアクセスできるようになり、これまで東京~福井間が3時間30分以上掛かっていたところ、延伸後には最速2時間51分と、大幅に所要時間を短縮します。
対首都圏の利便性は向上する北陸新幹線の延伸開業ですが、一方で対関西圏、対中京圏の利便性は低下。これまで「サンダーバード」「しらさぎ」が大阪・名古屋方面と金沢方面を直通していましが、新幹線の延伸開業後は、敦賀駅での乗り換えが必須に。大阪~金沢間の時短効果は10~20分程度に留まる一方、大阪~金沢間の料金は、7790円から9410円へと値上がりします。
国やJRも、これを最初から良しとしていたわけではありません。新幹線延伸による利便性低下を防ぐため、当初は「フリーゲージトレイン」の導入が検討されていました。しかしながら、最終的にこの車両の導入は断念。関西圏対北陸の利便性改善は、北陸新幹線の大阪延伸を待つしかない状況が続くことになります。
3年前倒し→1年延期で開業
北陸新幹線は、1972年に東京~大阪間の新幹線路線として基本計画が決定。東北・上越新幹線との共用区間を除く部分は、1997年に高崎~長野間、2015年に長野~金沢間が開業しています。
今回開業する金沢~敦賀間(先行認可された福井駅部を除く)は、2012年に工事が認可され、同年に着工しました。当初は2025年度の開業を予定していましたが、2015年の政府・与党申し合わせにおいて、これを2022年度に前倒しすることが決定。しかし工事の遅延が見込まれたため、これを1年延期。最終的に、当初計画よりは2年早い2023年度末、つまり2024年3月16日に、開業することとなりました。
1982年の大宮~盛岡間開業から、2001年の八戸開業、2010年の全線開業と、東京側から順次延伸(東京~大宮間は例外)していった東北新幹線のように、北陸新幹線も東京側から順次建設が進められました。大阪~金沢・富山間は北陸本線経由の特急「雷鳥」(当時)が、名古屋・米原~金沢・富山間は同じく「しらさぎ」などが運転されていた一方、東京側からは上越新幹線と特急「北越」または「はくたか」を乗り継ぐ必要があったことを考えれば、東京側からの延伸は理にかなったものでした。
敦賀駅は、福井県に所在し、一般には北陸地方と扱われることもありますが、同駅には大阪方面に向かう新快速が乗り入れており、北陸側から見れば関西圏の玄関口です。政府では、ひとまず敦賀駅まで新幹線を延伸することで、北陸地方と関西圏の結節は不完全ながら確保されるとしていました。
とはいえ、敦賀駅までの不完全な形での開業は、従来の関西圏と北陸地方を結ぶ特急列車の直通がなくなることを意味し、敦賀駅での乗り換えが必要となってしまいます。政府やJR西日本でもこれを傍観するのではなく、対策を考えました。そこで持ち上がったのが、「フリーゲージトレイン」の導入構想です。
「夢の車両」フリーゲージトレインとは?
フリーゲージトレインは、「軌間可変電車」とも呼ばれる車両。その名の通り、線路幅が異なる路線を直通できる車両です。国内では実用化例はありませんが、スペインでは1960年代に実用化されています。これが日本でも実現すれば、秋田・山形新幹線のように在来線の線路幅を変える「ミニ新幹線」を導入せずとも、軌間1435ミリ(標準軌)の新幹線と軌間1067ミリ(狭軌)の在来線の直通運転が可能となる、夢の車両でした。
フリーゲージトレインは、1994年に研究開発が決定され、1998年に一次試験車両が落成。実車での試験が始まりました。以降、2007年に二次試験車両、2014年には営業用車両に近い仕様の三次試験車両が落成し、実用化に向けて着実に開発が進んでいたかに思われていました。しかし、三次試験車両の試験が始まった直後、台車に傷が見つかり、試験は約2年間中断します。2016年に試験を再開したものの、翌2017年には再び傷が発生。このトラブルを解決できず、最終的に国によるフリーゲージトレインの開発は断念されてしまいました。
スペインでは実用化できたフリーゲージトレインですが、スペインは日本とは異なり、標準軌と1688ミリの広軌の2つで可変します。そのため、車両の足回りにはスペース的な余裕がありました。一方、日本の場合は、標準軌と狭軌で切り替えるため、機器スペースが限られてしまいます。また、スペインでは当初の車両はモーターを搭載しない客車で実用化していましたが、日本ではもちろんモーターつきの電車で開発。開発の難易度が数段階上だったのです。
フリーゲージトレインは、2004年以降は西九州新幹線への導入を目指して開発が進められていました。その後、敦賀駅での乗り換え問題が課題となっていた北陸新幹線でも導入することが決定していました。しかし、2017年のトラブルを受けて、西九州新幹線の営業主体となるJR九州の青柳俊彦社長(当時)が、2018年に「フリーゲージトレインによる運営は困難」と表明したことで、西九州新幹線へのフリーゲージトレイン導入が断念されます。その状況下で、JR西日本も導入断念を決定。北陸新幹線の大阪延伸が実現するまでの間、新幹線と在来線特急は、敦賀駅で乗り継ぐ方式となりました。
フリーゲージトレインは、新在直通を実現する夢の車両である一方、デメリットも多く存在しました。通常の車両と比べて機構が複雑であることから、導入費用やメンテナンスコストは他車よりも多くかかります。車両重量もかさむため、軌道への悪影響も懸念されていました。また、JR九州においては、最高速度が時速270キロとなってしまうため、山陽新幹線への直通運転が難しいという点も、導入に対する課題として挙げていました。
加えて、編成全体で車輪幅の転換を終了するには約3分かかる想定でしたが、実際に開業した西九州新幹線の武雄温泉駅では、在来線のリレー特急と対面接続し、標準乗換時間は3分に設定されています。乗り換えの有無による利便性はともかく、時短効果は対面接続と変わりなく、それでいてコストは従来型車両より多く必要になるという課題がありました。
北陸新幹線では、速度問題や時短効果の小ささは重要課題ではなかったようですが、それでもコスト面は課題と認識されていました。新在直通運転が完成形となる予定だった西九州新幹線に対し、北陸新幹線でのフリーゲージトレイン導入は、あくまで大阪延伸までの暫定形。それも、当時は早ければ15年程度で延伸できる想定でした。そのような短期間しか使用しないにも関わらず、フリーゲージトレインという新方式の車両、しかも西九州新幹線と異なり交直両用・寒冷地仕様となるタイプの導入は、収支面での問題があるとしていたのです。
なぜ「対面乗り換え方式」にはならなかった? 敦賀駅の紆余曲折
敦賀駅の新幹線駅舎は、3階に新幹線ホームがあり、2階はコンコース、1階は「サンダーバード」「しらさぎ」が発着する在来線ホームという構造。既存の在来線駅舎や普通列車が発着するホームとは、2階に接続された通路で連絡しています。
大阪開業まで、当面の間は北陸新幹線の終着駅となる敦賀駅。同駅の新幹線駅舎ができるまでには、フリーゲージトレインの開発状況に振り回された過去がありました。
北陸新幹線にフリーゲージトレインが導入されていた場合、東京~北陸間の列車は通常の新幹線車両、「サンダーバード」などを代替する列車はフリーゲージトレインで運転する計画でした。フリーゲージトレインは、北陸本線米原方面と接続するアプローチ線を通り、在来線から新幹線駅に乗り入れるという構想だったようです。
しかし、先述した開業時期の繰り上げによって、フリーゲージトレインの開発が新幹線開業に間に合わないことが発覚。敦賀駅で新幹線と在来線の乗り換えが必要となってしまいました。この時点では、乗り換えはフリーゲージトレインの開発完了までの暫定対応でしたが、ともかく、JR西日本や、設備建設を手がけた鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)は、同駅での乗り換えを前提として、対応を迫られることになりました。
ところで、新幹線が全線開業しておらず、在来線特急と乗り換えることで広域輸送を実現している路線といえば、2022年9月に開業した、JR九州の西九州新幹線があります。福岡県と長崎県を結ぶ計画のこの路線ですが、現在は武雄温泉~長崎間のみが開業。博多方面~武雄温泉間は、在来線特急「リレーかもめ」が運転されており、武雄温泉駅での乗り換えが必要となっています。
西九州新幹線では、乗り換えの利便性向上策として、武雄温泉駅で「対面乗換方式」を採用しています。新幹線と在来線特急が同じホームを使用し、両列車が対面で乗り換えできるというものです。敦賀駅では、標準乗換時間は8分と設定されていますが、武雄温泉駅では対面接続であることから、先述したように3分というわずかな時間となっています。また、2004年に新八代~鹿児島中央間が部分開業した九州新幹線も、2011年の全線開業までの間は、新八代駅で同様の対面乗換方式が採用されていました。
武雄温泉駅と同様、新幹線と在来線特急が接続する敦賀駅でも、対面乗換方式が採用されていれば、乗り換えの手間はもう少し減っていたはずです。なぜ採用されなかったのでしょうか。
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JR西日本やJRTTは、もちろん対面乗換方式の採用を検討しました。しかし敦賀駅では、武雄温泉駅や新八代駅とは異なる事情がありました。西九州新幹線「かもめ」や、部分開業時の九州新幹線「つばめ」は、ともに6両編成という、現在の新幹線では最短の編成です。接続するリレー特急も、新幹線の輸送力をカバーできる程