魅力的な価格を実現できた理由は?
――本製品は非Lレンズである一方、約30万円という価格は、800mmのレンズとしては破格です。この価格を実現できた理由はどこにあるのでしょうか。
家塚さん:繰り返しとなりますが、本製品は企画時点から、ハイアマチュアの方々にお届けできる価格を狙っていました。まずは200-800mmという仕様を決め、そのスペックと価格を両立するには、どのような中身でまとめていくべきか、光学、メカ、電気の3つのチームで検討しました。
木村さん:光学の部分では、先ほどもお話しした通り、レンズを構成するガラスの枚数を減らすことを最重要視しました。ガラスを増やせば画質は向上しますが、コンセプトの軽量化は実現できません。画質を担保しつつ、極限まで無駄をそぎ落とし、最小の枚数で構成するにはどうすればいいのか、何度も検討しました。さらに、「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」では、非球面レンズを使用していません。球面レンズのみで構成することで、レンズの価格を抑えています。
本レンズは、800mmではF値が9.0となる設計もポイントです。このF値とすることで、質量と価格を抑えることを可能としました。数値上では若干暗いという印象を抱かれると思いますが、このF値でもAFがしっかり効くよう、AFと画質のバランスにも配慮して開発しています。
水島さん:メカ部分では、枚数・質量を最小限とした光学系を支える設計として、強度が必要な主要部には金属部品を使用しつつ、それ以外の大部分を樹脂部品で構成することで、軽量化を図っています。他の超望遠レンズで使用しているマグネシウム合金を使えばさらなる軽量化はできたのですが、マグネシウム合金は高価なため、製品価格に響いてきます。もちろん、樹脂といっても、高強度なエンジニアリングプラスチックを使用し、樹脂厚や形状などを工夫することで、十分な強度を出すように設計しています。
家塚さん:新製品の企画・開発に携わっていると、やはり「もっと良い性能を」と考えてしまいます。ただ、技術を惜しみなくつぎ込んでしまうと、価格は上がってしまいます。性能を追求したいという思いを我慢しつつ、商品として一番良い形にまとめるのも、設計者としての腕の見せどころだと考えています。
――「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」は、重い部類のレンズです。撮影時の扱いやすさにつながるレンズの重量バランスなどで、設計時に配慮された点はありますか?
木村さん:本製品のように、ズーミングで伸び縮みするレンズは、どうしても重心変化は避けられません。その重心移動をなるべく感じさせないよう、1群を極力軽くする設計としています。先ほどお話ししたように、1群のレンズ構成では、2枚目、3枚目の位置を後ろに下げています。これにより、レンズがフロントヘビーとならない効果も生まれています。
水島さん:このレンズには三脚座を備えていますが、これは手持ち撮影時に三脚座を支えとした場合、重心の変化が最も少なくなるバランスを考え、配置位置を決定しています。また、この三脚座の位置は、ズーム全域でシャッターを切る際のブレが発生しにくい位置でもあります。さらに、三脚座の先端部は、大きく曲線を描く形状としています。これにより、手持ち撮影時に三脚座の先端部分を手のひらで支えた場合でも、手のひらの負担が軽くなるようにしています。
ズームトルクについてもお話しします。全長が変化しないレンズ(インナーズームレンズ)と比べると、本製品のようなズーミングで伸び縮みするレンズでは、構造上、ズームリングのトルクは重めとなります。これは1群繰り出し式とするメリットを優先した結果です。
そのため、ズームリングの回転角を通常よりも大きめにすることで、ズームリングのトルクの重さを軽減しています。飛行機や野鳥などを撮影する方の中には、200mmから800mmまで一気に回したいと考える方もいらっしゃるとは、検討段階でも想定していました。しかし、こちらも全体のバランスを考えた上での設計となっています。
――本レンズで、RFレンズだからこそ実現できた点はありますか?
内山実さん(電気担当):EOS Rシステムの「RFマウント」は、大容量の高速通信が可能です。これにより、本製品では膨大な収差補正データをレンズからカメラ本体に送信し、画像をよりよくできるようになっています。また、一部のカメラでは、レンズとカメラのIS(手ブレ補正機構)を連携することが可能です。この仕組みにより、ズーム全域で、手ブレを高度に抑制することができました。
木村さん:デジタル一眼レフの時代は、AFが動作できる限界として保証する数値(最低保証値)は、多くの製品ではF5.6、一部のハイエンド機でもF8.0が最高でした。EOS Rシリーズでは、「デュアルピクセルCMOS AF」などの撮像面の性能が進化してきたことで、画面(センサー範囲)全体をAFポイントとできるような構成となりました。これにより、最低保証値も向上しています。
そのようなカメラ側の性能向上を考慮し、本レンズの設計ではF9.0という数値に落ち着きました。また、2倍のエクステンダーを装着した場合には、F値は開放でもF18となります。レンズのF値の検討には、その際の画質なども考慮しています。
家塚さん:キヤノンでは、「RF600mm F11 IS STM」や「RF800mm F11 IS STM」といったレンズを、2020年に発売しています。これらの先行レンズでは、雨が降る前の曇り空程度であれば、AFが実用的に作動します。そのような先行事例もあり、今回の「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」も、F9で十分だろうということで検討した結果、このスペックとなりました。これまでにない新しい仕様のレンズですから、最大限に挑戦できるという背景もあります。
企画側の立場としては、お客さまには「暗い」と言われるだろうとは考えていました。しかし、購入して使っていただいた皆さまには、ご好評をいただいています。800mmでの開放絞りF9という数値に抑えて全体をうまくまとめ、このサイズ、この価格を実現できたことが大きいと思っています。私たちとしては、やはり新しい挑戦で新たな価値を作っていきたいと考えています。この「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」も、そんな我々の姿勢を表せた製品だと考えております。
鉄道コムの読者のみなさまにも、鉄道だけではなく、飛行機や鳥などの撮影趣味を併せ持っている方はいらっしゃると思います。そのような方々にぜひ使っていただきたい製品ですし、鉄道写真でも、従来のレンズでは届かなかった焦点距離で、自分の作品作りを変えることに挑戦していただければ幸いです。
インタビューでの同席はありませんでしたが、キヤノンのレンズを評価する部署には鉄道好きの方がおり、「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」にも携わっていたとのこと。この方から、「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」が有用な鉄道撮影のシチュエーションをご紹介いただきました。
第一のメリットは、テレ端800mmというスペックです。有名撮影地では、多くの人が集まり、立ち位置がなくなってしまうこともあります。しかし「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」があれば、人から離れた場所でも撮影できます。もちろん画角は変わってしまいますが、人とは違った写真が撮れるということです。
また、800mmという焦点距離があれば、他のレンズでは不可能だったすき間から「抜いて」撮影することが可能だと説明。これまで撮影スポットとならなかった場所でも撮ることがでるので、「アウトカーブ0度で撮影できる場所が増える!」と強調していたそうです。加えて、鉄道写真を撮影する際には、手持ち撮影だけでなく、三脚で構図をキッチリと決めることも多々あります。「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」では、しっかりとした三脚座が備わっているので、安定性には問題が無いと実感されたということでした。