長野県と富山県を結ぶ「立山黒部アルペンルート」。そのルートの一翼を担う「関電トンネルトロリーバス」が、2018年度の営業をもって運行を終え、電気バスへと置き換えられます。「トロバスラストイヤー」となる今年、最後の活躍を見せるトロリーバスを取材しました。
関電トンネルトロリーバスって?
関電トンネルトロリーバスは、その名の通り「関電トンネル」を通るトロリーバス。アルペンルートの長野側の玄関口となる扇沢駅と、トンネルの先にある黒部ダム駅を結んでいます。
トロリーバスは、日本の法令上では「無軌条電車」、つまりレールが無い電車ということで、鉄道の一種とみなされます。運転操作はハンドルを使用するのでバスと同じですが、運転には大型自動車免許のほか、鉄道用の動力車操縦者免許も必要になります。ちなみに、名古屋市で名古屋ガイドウェイバスが運行する「ゆとりーとライン」も、現行法令上では非電化の無軌条電車と、トロリーバスの一種として扱われています。
そして、このトロリーバスが通行する関電トンネルは、黒部ダム建設のために作られた、延長5.4キロメートルのトンネルです。水と岩石が滝のように押し寄せる破砕帯に遭遇するなどの難工事は、石原裕次郎氏主演の映画「黒部の太陽」や、NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」などで一躍有名になりました。
黒部ダムの完成後、関電トンネルは一般に開放されるのですが、この際、中部山岳国立公園内を貫通する関電トンネルでの車両の走行には、環境への配慮が求められました。そこで導入されたのが、電車と同じように架線から集電して走るトロリーバスです。1964年に運行を開始した関電トンネルトロリーバスは、1972年の横浜市交通局トロリーバスの廃止以降は、日本唯一のトロリーバスとして活躍。1996年に同じアルペンルートで「立山トンネルトロリーバス」が運行を開始して以降は、路線としては国内唯一ではなくなったものの、やはり日本ではここでしか見られないトロリーバスとして、注目を集めていました。
運行開始から54年を迎えた関電トンネルトロリーバス。関西電力は、現在活躍する車両の更新時期に際し、全車両の電気バスへの置き換えを発表しています。この置き換えにともない、「鉄道」としての関電トンネルトロリーバスは廃止されることとなりました。鉄道事業の廃止は2019年3月ですが、アルペンルートは11月頃から翌年4月頃までは運休するため、2018年11月の運行が、トロリーバスとしては最後となります。関西電力では、2018年を「トロバスラストイヤー」とし、ラッピングや各種イベントなどの企画を展開しています。
なお、新たに導入する電気バスは、JR東日本のEV-E301系「ACCUM」のように、駅などに設置した急速充電装置を用いて蓄電池に充電し、モーターで走行する車両です。トロリーバスとは異なり、道路運送法が適用される旅客自動車運送事業となるため、車両にはナンバープレートが取り付けられ、運転に必要な資格も、大型二種免許と関西電力の社内資格の2つになります。運転や整備などの運行面においても対応法令が変わるため、現場ではさまざまな準備が進められています。
【2024年10月追記:電気バスの画像を追加しました】
車両はどのようになっているの?
2018年現在、関電トンネルトロリーバスで使用されているのは、3代目の300形。初代の100形や増備車の置き換え目的として1993年以降に製造された車両で、15両が在籍しています。見た目は通常のバスに類似していますが、トロリーバスに必須のトロリーポールが2本設置されているのが特徴です。
トロリーポールの本数が2本なのは、集電用と帰電用の2本の架線があるため。これは、通常の鉄道では電流の帰線(マイナス線)にレールを使用しているところ、道路を走るトロリーバスでは金属製の軌道がなく、別途帰線用の架線が必要なことによります。また、トロリーポールは、ワイヤーによって車体後部のレトリバーに接続しています。仮にトロリーポールが架線から外れた場合でも、掃除機のコードのように、レトリバーがゼンマイによりトロリーポールを引き戻し、電車線設備と接触する事故を防ぎます。トロリーポールが架線から外れてしまう事例は、開業当時よりは少なくなったものの、今でも年に数回は発生するといいます。
通常のバスに類似した300形の車体ですが、関電トンネルトロリーバスならではの装備があります。その1つが、車体前後にある3つのライト。順位表示灯と呼ばれるもので、最後尾の車両がオレンジ色の2灯を、その前を走る各車両は中央の緑灯を点灯します。霧やガスで視界が悪くなることもあるトンネル内部でも、対向車両と衝突しないようにするための仕組みの一つです。
車内に入ってみましょう。まずは運転席へ。大型バス用のハンドルが目立ちますが、パネルにある鉄道車両用メーター類が、トロリーバスが鉄道であることを教えてくれます。
加減速の操作は、自動車と同じ「アクセルペダル」と「ブレーキペダル」の2本を使用。オートマチックトランスミッションの自動車と同様、ギア操作は不要です。そのため、クラッチペダルやシフトレバーはありません。
続いて客室へと移ります。座席は2-1列の配置。天井が高いためか、立ち客用設備は握り棒のみで吊り革はありません。最後部の5人掛け席は若干高い位置にありますが、これは路線バスのエンジンと同様、座席下にインバータ制御装置を設置しているため。暖房は搭載していますが、冷房は非設置。これは、関電トンネル内の気温が一年を通じて10度前後に保たれているためだそう。
足回りを見てみましょう。300形は外観こそバスですが、床下機器には鉄道用の電装品を数多く搭載しています。
300形は、制御装置に東芝製のGTO素子を使用したVVVFインバータ制御を採用。主電動機(モーター)は交流の三相かご型誘導電動機で、出力は120キロワット。加速度は4.0キロメートル毎時毎秒となっています。最高運転速度は時速50キロで、スピードリミッターも搭載しています。ちなみに、リミッターが動作しなければ、時速70キロ程度までは出るのでは、とのこと。