第3部は、鉄道写真家の助川康史さんによる撮影講座です。同じ内容……と思うなかれ、プロの写真家でも写真の撮り方は人それぞれです。山下さんとはまた違った助川さんのコーナー、必見です。
ワンランク上の作品を目指す ミニ鉄道写真講座
助川さんは、鉄道写真は「編成写真」「流し撮り」「鉄道風景写真」「鉄道イメージ写真」の4つに分類しているといいます。
まずは編成写真の解説から。
この「Laview」の写真は標準レンズで撮影したといいますが、助川さんは「列車を撮る際には、車両の形でレンズを選んでいる」といいます。
「流線型の車両や新幹線では、標準から少し広角のレンズを使うと、車両の形が表現できます。望遠レンズでは寸詰まってしまい、流線型が表現できません」と解説した助川さん。撮影地での制約が少なければ、このように車両によって焦点距離を変えているといいます。
また、背景や太陽の方向はもちろん、重心の位置にも気をつかっているといいます。「車両を画面の中心において撮影する人が多く見られますが、これでは安定しません」という助川さん、「列車は思った以上に大きいので、カメラを少し上に向け、空を気持ち多めに入れると、バランスが良くなります」とアドバイスしました。
標準・広角レンズでの撮影時は、列車が来る前にピントを合わせておく「置きピン」も有効だといいます。この場合にピントを合わせる位置は、列車がやってきた際に頭が来る位置より少し後ろがベスト。ピントが合っているように見える範囲を表す「被写界深度」は、ぴったりピントが合った「ピント面」から前3分の1、後ろ3分の2のゾーンになります。「列車の頭と思った場所でも意外とそれより前にピントを合わせているので、思った位置よりも気持ち後ろにピントを合わせた方が、もし失敗しても救いがあります」(助川さん)。
つづいて助川さんが紹介したのは、関ヶ原で撮影した新幹線の写真です。「新幹線は鼻が長いので、標準レンズで撮るとなめらかな先頭部が表現できる」といいます。
新幹線を撮影する際には、標準レンズを使い、やや俯瞰気味となる位置で構えるのがポイントなのだそう。「ローアングルの新幹線撮影スポットもいくつかありますが、最近の新幹線は鼻先が下に向いているので、リーゼントみたいになってしまいます」(助川さん)。特に、E5系のように車体の上下で色がわかれている車両の場合、あおり気味に撮影すると、別の被写体に見えてしまうこともあります。助川さんは、「新幹線は上から俯瞰で50mmより広角、特に40mmくらいのレンズを使えば、鼻を長く見せることができます」と解説しました。
ところで、新幹線のように高速で動く被写体を撮影する際に重要なのが、シャッタースピードの設定です。時速100キロで走る列車は、1000分の1秒で3センチ移動しています。助川さんは、標準レンズでの撮影時にはこのデータを元に、シャッタースピードを計算して決めているといいます。この写真では、シャッタースピードは6400分の1秒に設定したとのこと。「この区間では速度が落ちているので4000分の1秒でも止まるとは思いますが、余裕を見てこの設定にしました」(助川さん)。
こちらは超望遠レンズで撮影した「四季島」です。望遠レンズを使用した構図の場合、列車はこちらへ向かって走ってくるため、見かけ上の速度は遅くなります。そのため、広角レンズや標準レンズでの撮影時と異なり、シャッタースピードを落としてもブレずに撮影することができるといいます。
望遠レンズによる撮影時に気をつけつける点として、助川さんは「長編成ならではの重厚感の表現」を挙げました。「このような構図で2両編成や3両編成を撮影すると、左右が広く開いてしまいます。なので、私は列車の形のほかに、両数によっても使用するレンズを変えています」(助川さん)。望遠レンズを使用すると圧縮効果が生まれるため、長編成では重厚感が生まれます。逆に、長編成で標準レンズを用い撮影すると、後ろの車両が小さく見えてしまいます。「重厚感よりもスピード感の表現になってしまいます」と、助川さんはレンズによる表現の違いを解説しました。
助川さんは他にも気をつける点として、最後尾の位置をシビアに考える必要性を説明しました。「最後尾の位置を標準レンズよりもシビアに考える必要があります。標準レンズなら後ろの車両が小さく見えますが、望遠レンズでは後ろの車両までくっきり写ってしまいます」(助川さん)。このようにすっきりと収まった写真を撮影するには、狙う列車の前を走る列車で長さを確認し、構図を調整しているといいます。この四季島の写真では貨物列車で確認したといいますが、どこの路線でも狙う列車と同じ編成長の列車が必ず前を走るとは限りません。助川さんはそのような場合、短編成の列車を複数回撮影し、狙う列車分の長さを計測しているのだといいます。
このほか、望遠レンズではオートフォーカスを列車に追従させ、連写で撮影するのがオススメだといいます。「望遠になればなるほど被写界深度が浅くなるので、置きピンは難しくなります。このような場合、ピント合わせはカメラに任せましょう」(助川さん)。
続いては、被写体の背景を流す「流し撮り」の解説です。助川さんは、まずはシャッタースピードを30分の1秒に設定して撮影した「成田エクスプレス」の写真で解説しました。
流し撮りをする際のポイントは、カメラを列車の一点に合わせて振ること。助川さんは車両のライトを基準にしているといいますが、これに合わせるにはフォーカスポイントやファインダー内のゴミなど、「使えるものは何でも使う」といいます。
また、背景はなるべく自然の風景が良いとのことです。「空でも悪くはないですが、地面しか流れないので、流し撮り写真には見えません」(助川さん)。また、建物を背景にすると、色の影響で列車より目立つこともあるため、避けた方が良いと説明しました。
「最近の鉄道雑誌でよく見る流し撮り写真では、背景は流しても列車のディテールはなるべく映すのがトレンド」という助川さん。「列車は線運動、流し撮りをするカメラマンは円運動なので、その交点でしか流しが合うポイントはありません。しかし離れれば離れるほど、双方が合うポイントが長くなります」(助川さん)。そのため、背景を流しつつ車両をくっきり写すには、広角レンズではなく望遠レンズを使用する必要があるといいます。
流し撮りを極めた助川さんが紹介したのが、こちらの写真。70ミリのレンズで撮影したといいますが、なんとシャッタースピードは2分の1秒という超低速。「ISO感度はISO12800に設定しましたが、それでもノイズが現れていません。この高感度設定でも撮れるというカメラの性能、そして2分の1秒でも止められるという自分の腕の両方を信じることが重要です」と助川さんは力説しました。
もちろん、誰でもいきなり2分の1秒で流し撮りを成功させることはできません。助川さんは、「まずは近くの電車を60分の1秒で練習してみてください。難しいならば125分の1秒でも良いです。シャッタースピードが速ければ速いほど成功する確率は上がります」と、練習を重ねればこのような流し撮り写真が撮れるようになるとアドバイスしました。
そして、カメラの性能を知ることも重要です。助川さんは、撮影時の失敗を防ぐためにはカメラの性能をフルに活用する必要があると説明。「もしご自身のカメラでわからないことがあれば、説明書を読んでください」と、撮影技術上達のために機材を熟知することの重要性を強調しました。
カメラを振るのではなく、ズームリングを回しながら被写体を追いかける「ズーム流し」という技法を用いた写真です。助川さんは、「このような技を覚えておけば、暗くなった場合でも露出を稼ぎ撮影できるようになります」と、テクニックの活用で表現の幅が広がることを解説しました。
続いては、鉄道風景写真の解説です。
このような風景写真の場合、列車はあくまで副題で、主題は風景になるといいます。「列車を大きくしたくなる気持ちはわかりますが、そうすると列車を見せたいのか風景を見せたいのかわからず、どっちつかずな写真になります」(助川さん)。ただし、列車が小さすぎ、すぐに見つからないのも禁物。鉄道写真とは言いがたい写真となってしまいます。「『ウォーリーを探せ』になってしまってはいけません」と笑いを誘った助川さん、両者の良いバランスを探してみてほしいと語りました。
助川さんは、風景写真でまず試す構図として、「日の丸4面構図」を解説しました。画面を4分割し、うち1つの枠の中で中心に被写体を置く「日の丸構図」を組んだものです。この構図は鉄道写真だけでなく、他の分野の撮影でも活用できる黄金バランスなのだとか。鉄道写真の場合には、1つの枠の中で編成写真が完結するのがポイントだといいます。
ただし、無理にセオリーにこだわりすぎると、逆にバランスが崩れた写真になってしまいます。たとえば水平線を真ん中に置いてしまうと、不安定に見えてしまいます。そのため、助川さんは「日の丸四連構図に拘りすぎてバランスが悪くなると本末転倒なので、自分が見てバランスが良いなと思う構図を選んでください」と説明していました。
セオリーから離れて撮影するのが、この「鉄道イメージ写真」です。寝台特急「あけぼの」の写真では、「太陽を暗い線路と床下の間に合わせて撮影し、夜を駆けた寝台列車が朝を迎えた瞬間を表現」したといいます。助川さんは「これまでセオリーについてお話しましたが、このイメージ写真では、みなさんが感じたままに狙って撮影してみてください」とアドバイスしました。
最後に「写真づくりに必要なのは想像力」と語った助川さん。鉄道写真だけでなく、いろいろなジャンルの写真を見て、そこで得たインスピレーションを鉄道写真に活かすことが、作品の幅を広げることに繋がると提言。「ぜひカメラを普段から持ち歩いて、鉄道以外にも色々なものを撮って、感覚を磨いてください」と締めくくりました。
2人のプロの鉄道写真家による鉄道写真講座、いかがでしたでしょうか。写真は個人の感性が強く表れるもので、同じ被写体でも出来上がる写真は人それぞれです。しかし、ある程度の基礎があるからこそ、その人なりの作品性が浮かび上がってきます。みなさんも、山下さんや助川さんのアドバイスを胸に、ぜひ鉄道写真撮影に出かけてみてはいかがでしょう。