「この列車は緊急停止いたしました」。JR東海が今年5月、東海道新幹線の本線上で実施した異常時訓練の際の、車内案内放送の一つです。
鉄道は、安全運行が保証できない場合は、列車を運行させないこととなっています。運行中の各列車は、非常停止することとなります。異常が発生した際、乗客にはどのような情報が提供されるのでしょうか。また、鉄道事業者の乗務員らはどのような対応をするのでしょうか。
0時0分発「のぞみ901号」が運行
JR東海が実施した異常時訓練は、今年5月、営業列車が運転しない深夜に行われました。設定されたのは、東京駅0時0分発、仮想「のぞみ901号」新大阪行き。0時を超えて発車する新幹線や、「のぞみ901号」は、普段の列車には存在しない列車です。
訓練のシナリオは、新幹線が東京~品川間の走行中、運転台に台車の異常を示す表示が発生。緊急停止して、床下点検を実施したところ、異常なにおいがあることがわかり、運転の打ち切りを決定。乗客は、近くの品川駅まで徒歩で移動するというものです。
「強いブレーキで止まります」
のぞみ901号は、東京駅を0時0分に定刻で発車。通常通りの速度で運転を始めました。5分程度走行したあたりで、ブレーキがかかり始めました。「お客様にお知らせいたします。まもなくこの列車は強いブレーキでとまります。お立ちのお客様は手すりにおつかまりください」。ブレーキがかかり始めてしばらくしてから、完全停止するまでの間に、日本語に続け、「Attention passengers, this train stops urgently.」といった英語放送も肉声で行われました。
衝動を伴い停車。停車後の車内では、JR東海の運転関係者による連絡をのぞいては、5分ほど案内放送のない静かな状態が続きました。乗客にとっては、情報が提供されず、不安な時間が続きます。なぜ乗客へ案内をしないのか疑問に思いましたが、乗務員には、それより先にすることがあったのです。
乗務員がまず行うことは、他の列車を含めた安全確保です。乗客への案内がない間、乗務員は、指令所へ無線で連絡をしていました。停止した場所のキロ数、停止した理由、異常を発見した場所など。場合によっては、後続列車や反対側の列車の安全が脅かされることもあります。指令所は、各列車の管理・制御を行う、東海道・山陽新幹線の「頭脳」といえる場所です。
車内案内、関係者向け情報共有が開始
指令所からこの列車の乗務員に、床下点検をするよう指示がありました。運転台に表示された5号車の台車の異常を確認するというものです。その後、乗務員間で情報共有がなされ、準備が始まりました。
そしてようやく、乗客向けの車内放送がありました。「お客様に車両点検についてお知らせいたします。先ほど、床下の異常を知らせる表示を運転士が認めたため、緊急停止いたしました。ただいまから車掌による点検を開始いたします。お急ぎのところ列車が遅れましてご迷惑をおかけいたします」。続けて、英語による放送も行われました。
指令所から関係者向けの情報伝達も始まりました。関係者向けの一斉放送では、このような内容でした。「輸送旅客指令から、一部列車遅れ見込みについての情報です。東京~品川間、走行中ののぞみ901号は、運転台に異常を示す表示が出たため、6キロ100メートル付近に停止しています。のぞみ901号は、準備でき次第、乗務員による車両点検を行います」。
さらに、この列車以外の利用者向けの情報発信も始まります。新幹線車内の表示器や、公式サイト等で案内が行われ始めました。JR東海によると、今年3月から専任の情報発信担当者が指令所内に配置され、情報発信の作業をしているということです。東海道・山陽新幹線では、車内の乗客が公式サイトでそれらの運行情報を確認できるよう、スマートフォンなどで読み取れる二次元コードが各座席の前に掲出されています。
線路に降りて床下点検を実施
緊急停止してから10分弱。床下点検を担当することになった車掌の1人が、車内の通路を通り、4号車に到着しました。車掌は、はしごを使って線路におります。今回の訓練では列車が走っていない時間帯でしたが、営業時間帯であれば、安全確保のため、付近の列車を停止させるなどの手配がとられるはずです。
線路に降りた車掌は、懐中電灯とスマートフォンのカメラで床下の台車の様子を映しながら、指令所とビデオ通話でやりとりをしていました。指令所は、映像を見ながら、車両の異常状態を判断したようです。
検査は、進行方向の右側、左側それぞれ実施されました。反対側を確認する際には、車掌が一度車両にあがり、はしごを付け直しており、多少時間がかかりました。なお、乗務員らは、右側、左側とは呼ばず、「山側」「海側」という表現で、検査の指示や報告をしていました。