鉄道の自動運転といえば、かつては「ポートライナー」や「ゆりかもめ」のような中量輸送機関での導入が主流でした。しかし、2008年に開業した東京メトロ副都心線では、最長10両編成ながら運転士が乗務する自動運転が実施されており、長編成でのワンマン運転も現代では当たり前となっています。
JR東日本でも、2018年に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」において、将来の「ドライバレス」運転の実現を掲げています。これに向けた取り組みとして、同社では2018年以降、山手線で自動運転の試験を実施しています。
今回、2月25日に実施された山手線での自動運転試運転に、乗車することができました。その試運転の様子をご紹介します。
自動運転での山手線、何が違う?
この日の試験は、日中時間帯の山手線外回りを2周するというもの。営業時間中に他の列車も走行する中での試運転で、実際の導入時に近い環境が得られます。
「1分39秒、1分39秒、プラス2センチ、プラス2センチ」
試験列車のため、駅停車ごとに走行時分と停止位置からのズレが読み上げられますが、それ以外は普通の山手線と同じ。手動運転との違いがわかるポイントは、ほとんどの場面でありません。
しかし、一点だけ手動運転との違いが気になるところが。今回のATOでは省エネを意識した運転プログラムとなっていますが、その関係上、ブレーキが手動運転時よりも若干強めとなっています。がしかし、JRの列車としては強めといった部類で、立っていられないほどのものではありません。
この日の天候は晴れだったため、「ATO」(Automatic Train Operation、自動列車運転装置)も十分にブレーキが掛けられる環境を想定した「晴天モード」での運転。そのため、通常運転時ではブレーキ全8段のうち最大5段までの使用がメインだというところ、ATOは6段でのブレーキと、少々強めのブレーキ制御となっていたということです。
乗務員室に入ってみると、ATOの発車用ボタンが設置されている以外は、通常のE235系との違いは見受けられません。他のATO導入車両の場合、誤操作による誤出発を防止するため、ATO出発ボタンは2つ設置されており、発車時には2つを同時に押す必要があります。一方、今回の山手線ATOはあくまで試験用、仮設のものなので、ボタンも1つとなっているのも特徴となっています。
今回の自動運転の操作は、駅発車時にATOのボタンを押すのみ。自動運転中は、加減速操作用の「マスコンハンドル」からは手を放しており、まさに山手線の手放し運転が実現している状態です。なお、駅工事などで臨時の速度制限が掛かっている箇所では、運転士が手動でブレーキを操作。手動介入後はATOは動作しなくなるため、その後は停止まで通常の手動運転列車と同じ挙動となります。
ATOの関連機器以外は営業用のままとなっているので、1分間操作がないと鳴動し、リセットスイッチを押さない場合は非常ブレーキを掛ける「EB装置」も、通常通り動作。ATOによる加減速は運転士の操作と認識されないため、列車は普通に加減速しているにもかかわらず、EBのブザーが鳴動するという、面白い光景も見られました。
自動運転での列車ダイヤ調整実現も
自動運転の実現には、運転士に代わって運転操作するATOの導入が必要となります。
ATOは、路線あるいは区間ごとに定めた条件のもとで、自動で加減速するシステム。先述したポートライナーやゆりかもめ、副都心線などで導入されており、JR東日本でも、常磐緩行線でATOを使用しています。
今回山手線で実証したATOは、従来の機能に加え、乗り心地や省エネといった要素を加味した運転を実現するというもの。ベテラン運転士による運転データを取得し、その運転曲線を再現しているのだといいます。
JR東日本では、山手線で省エネ運転の研究に取り組んでいると2021年9月に発表しています。今回のATOはこの省エネ運転の要素も盛り込まれており、目標速度をキープするようなこまめな加速をしない、ブレーキは従来よりも強めとする、といった、従来型のATOよりもエネルギー消費を抑える運転方法を取り入れています。手動運転による省エネ効果は、約10パーセントとのこと。自動運転でも同様の効果実現を目指します。
乗り心地に関しても、減速時にブレーキを込めたり緩めたりという動作を繰り返さず、できるだけ一律に滑らかなブレーキを掛けることで、衝動の削減を目指しています。これについては、山手線の乗務員の意見も取り入れながらプログラムを修正しているということで、2018年度の試験開始時よりも大幅に改善されたといいます。
なお、今回はあくまで試験のため、実用化される際には、また違った形でシステムが作り込まれることとなるかもしれません。
たとえば、山手線では保安装置にデジタルATCを導入しており、先行列車との距離を運転台で確認することができます。しかし、今回のATOでは前方の開通状況は考慮せず、ATCが現時点で示す速度信号のみを見ているのだといいます。
さらに、将来的に山手線へ導入する予定の無線式列車制御システム「ATACS」が整備されれば、さらなる機能拡充も実現が可能となります。
ATACSは、現在のようにレールに流れる電流によって信号を制御するのではなく、地上局と車上局の無線通信によって列車間隔を制御するシステムです。この地上と車上の通信という機能を活用し、ATOを組み合わせることで、地上からの運転制御が可能になるといいます。
たとえば、ある列車が数分遅延した場合、遅延列車とその前の列車の間隔は開いてしまい、逆に遅延列車とその後ろの列車の間隔は詰まってしまいます。この場合、現在は駅に設置した表示器などで運輸指令が発車時間の調整を指示し、列車間隔を平準化することで混雑の偏りを抑えています。将来的にATACSが導入された場合には、地上装置から自動運転列車へ指示を出すことで、同様の列車間隔調整が可能となるということです。