キヤノンは2023年12月、ミラーレスカメラ用のレンズ「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」を発売しました。
このレンズは、フルサイズセンサー対応のミラーレスカメラ用AF交換レンズとしては世界で初めて、望遠側(テレ端)の焦点距離が800mmという仕様を実現したレンズです。望遠レンズといってもさまざまな製品がありますが、初心者向けでよくオススメされるような望遠ズームレンズでは、テレ端は200mm~300mm程度。このくらいの望遠性能があれば、よほど小さい被写体(鳥や飛行機など)でなければとりあえず撮影に問題はないレベルです。これに対し、800mmという性能を持つ本レンズは、まさに破格のスペック。鳥などの小さい被写体を撮影するユーザーはもちろん、鉄道写真分野でも、従来のレンズとは違った写真の撮影が可能となります。
鉄道コムでは、このレンズの開発に携わった、キヤノン イメージング事業本部のみなさんに、インタビューを実施。これまでになかった性能を持つレンズの開発の裏側を聞きました。
唯一無二のテレ端800mmズームレンズ その開発時の苦労とは
――テレ端が800mmというズームレンズは、キヤノンでは初めてです。今回このような製品を開発した理由は?
家塚賢吾さん(企画担当):「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」は、「超望遠の撮影を、誰にでも簡単にできるように」をコンセプトに開発しました。
ミラーレスカメラの「EOS Rシステム」が登場する前、一眼レフ時代に開発していた「EFレンズ」のズームレンズでは、テレ端400mmが最高でした。現在はミラーレスカメラ用の「RFレンズ」となったことで、さらに仕様を追求し、より望遠側に焦点距離を伸ばした設計を実現できました。キヤノン以外の超望遠ズームレンズでは600mmという焦点距離を持つレンズもありますが、さらに800mmまで焦点距離を伸ばせば、これまで撮れなかった画が撮れるようになります。
加えて、エクステンダー(テレコンバーター)を装着すれば、最大で1600mmまで、しかも手持ちで撮影できます。このような夢のあるレンズを作りたい、という思いがありました。野鳥や飛行機、野生動物などの撮影時には、使用しているレンズの焦点距離の短さから、「撮りたい被写体をもっと引き寄せたい」となる場面が多々あると思います。そのような限界を突破し、ストレスのない撮り方を実現できるよう、本レンズを開発しました。
――キヤノン製品だけでなく、他社の製品を見回しても、200mmから800mmまでをカバーするフルサイズ対応レンズはありません。開発時に苦労された点はありますか?
木村公平さん(光学担当):開発時には、サイズや重量の調整で苦労しました。テレ端800mmという性能を実現するためには、どうしても大きく、重くなってしまうことが予想できました。ですので、現実的なサイズと重さに抑え、かつ高画質を実現するために試行錯誤を重ねました。
このレンズのポイントは、主に3点です。まず1点目は、1群(カメラレンズを構成する鏡筒内のレンズのうち、最もレンズの先端にあるレンズの群のこと)が繰り出すタイプという構成です。800mmという焦点距離を達成するためには、1群をズーミングにより移動する構成としなければ、全長が40センチ級の「大砲」レンズになってしまうことが予想されました。現実的な長さとするため、企画時点から1群繰り出し構成で進めることに決めていました。
2点目は、質量との戦いです。焦点距離の長いレンズは、特にプロユースの「Lレンズ」クラスになると、たとえば約3140グラムの「RF800mm F5.6 L IS USM」のように、手持ちで撮影するには困難なスペックとなってしまいます。しかし、今回の製品は、「超望遠の撮影を、誰にでも簡単にできるように」がコンセプトです。800mmの焦点距離を実現しつつも、軽量化に挑みました。
具体的には、レンズ前方の1群のうち、2枚目と3枚目の間隔を大きく開けています。こうすることで後方のレンズ径を小さくし、質量を抑えることに成功しました。このような望遠レンズは1群が占める質量の割合が非常に大きいので、この部分を軽量化することが、製品全体の質量を抑えるために重要なファクターとなります。
そして3点目は、画質の確保です。全長を短くし、質量を抑えると、画質にそのしわ寄せが現れます。私たちはここで妥協することなく、高画質を担保するために、最適なレンズ配置を探りました。たとえば、色収差の補正に有利な「UDレンズ」は、画質改善に効果があるため、設計者としては前方の大きなレンズとして多く配置したくなります。しかし本製品では、質量の制約があることから、UDレンズを全体に散りばめ、小さいレンズにも使用することで、色収差の抑制を図ることとしました。
レンズ構成図を見ていただければわかるのですが、本製品ではUDレンズを像面寄りの負レンズ(凹レンズ)にも使用したことが、テレ端の倍率色収差を補正する上で一役買っています。
また、レンズには、フレアやゴーストが出やすい構成というものがあります。レンズ設計では、そのような構成を避け、配置を最適化していく作業があります。その上で、どうしても排除できないフレアやゴーストは、コーティングを施して対処しています。私は光学担当ですが、他にもメカ部分ではゴーストを排除できるように部材配置を工夫しています。
水島正康さん(メカ担当兼開発チーフ):木村がお話しした通り、本レンズでは1群レンズを繰り出すこととなりました。この部分は、キヤノンのレンズでは最も重たく大きな可動部となっています。
メカ設計担当としては、先行して発売した「RF100-500mm F4.5-7.1 L IS USM」の知見を活かし、質量の大きいレンズ鏡筒を繰り出す構造の強度を保ちつつ質量を抑えることに注力しました。質量を度外視すれば堅牢性は容易に確保できるのですが、最小限のサイズで強度や堅牢性、信頼性を担保すべく、シミュレーションを繰り返し、最適な設計を探りました。その結果が、質量約2050グラムというスペックの実現につながっています。
――RFレンズの超望遠ズームレンズは、本製品と「RF100-400mm F5.6-8 IS USM」を除き、すべて「Lレンズ」です。本製品はLレンズとすることは検討しなかったのでしょうか。
家塚さん:はい、最初から検討しませんでした。「Lレンズ」はプロの道具として開発しています。光学性能だけでなく、操作性や堅牢性、耐久性などについて高い基準を満たすことが求められ、どのような場面でも必ず動くプロの道具として使えなければなりません。そうしたレンズでは、スペック表に現れない部分でも素晴らしい性能を持つ製品としてご提供できるのですが、一方で高価な製品となってしまいます。
先ほどもお話ししたように、この「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」は、ハイアマチュアの方々をメインターゲットに、とにかく手ブレ補正がよく効き、かつ800mmでの撮影ができるズームレンズを、できるだけ価格を抑えて商品化したい、という方針で開発しました。製品として妥協はしていませんが、品質や価格、大きさなどのバランスをとって開発しています。
とはいえ、Lレンズを愛用されているプロの方にも、この「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」を使っていただけるとは想定しています。Lレンズではありませんが、キヤノンのレンズとして一定ラインの水準を満たした製品として開発しました。
――Lレンズの望遠レンズでは外観が白ですが、非Lレンズである「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」でも白色とした理由は?
家塚さん:白色は、黒色より熱を反射する効果が高いためです。炎天下で撮影する際には、熱による内部レンズへの影響が考えられます。そのような環境下で三脚に据えて撮影するシーンなどを想定し、本製品では外観を白色としました。Lレンズの望遠レンズが白色となっているのも、同じ理由です。
ただ、Lレンズの塗料には、遮熱効果を高める物質が含まれています。「RF200-800mm F6.3-9 IS USM」では、同じ白色ではありますが、特別な遮熱効果のある材料は使用していません。