「趣味はずっと鉄道写真」という方ならば、過去からの膨大な資産、貴重な鉄道写真が家に眠っていることだろう。国鉄形が急激に姿を消していく昨今、現役時代の蒸気機関車や客車列車などを撮影した写真は歴史の証人といっても過言ではない。とはいえ、撮ったは良いが、ポジやネガの状態のままだったり、プリントした写真も久しぶりに見たら色あせてしまってた・・・。ということもある。また、保存状態が悪いと、ポジやネガすら破損している場合もある。せっかく夜汽車で何時間も掛けて撮影地に赴き、やっとの思いで撮った貴重な写真はぜひ後世に残したいものだ。そこでスキャナーを活用して昔の写真を今に蘇らせてはどうだろうか? スキャナーでスキャンしてデジタルデータにしてやれば、スキャナーに搭載されている自動補正機能や、PhotoShopなどのレタッチソフトであせてしまった写真や傷のある写真も修復することができる。また、デジタルデータにしておけば、画像が経年劣化することもない。
鉄道写真家 中井 精也先生も小学生の頃より銀塩カメラを携えて地方のローカル線や登場したばかりの201系を追ってその姿を写真に収めていた。鉄道写真家にとって撮影した写真は自分の資産と同じだ。過去に撮影した写真もしっかりと残していきたい。そこで、最終回となる今回は中井先生がどのようにスキャンを行って過去の写真を蘇らせるのかその様子をリポートする。
ページ目の最後には、中井先生が本コンテンツのために特別に撮り下ろしてくださった『1日1鉄!』鉄道コム出張版も掲載。
講師:中井 精也 レポート:シバタススム
中井先生が愛用するスキャナー、エプソン「GT-X970」。35mmフィルムやプリント写真を高画質な画像にスキャンできる。
ここ数年でスキャナーはだいぶ身近なものとなった。1万円台で買える薄型の製品もあれば、複合機のようにプリンターに搭載されているものまで様々な製品が販売されてる。しかし、ある程度年数の経ったネガやポジ、プリント写真をスキャンするなら、スキャナーならば何でもokというわけではない。もちろん、ちょっとした新聞や雑誌の切り抜きや、普通紙にプリントされた文章などは、低価格なスキャナーや複合機に搭載されているスキャナーでも十分にスキャンすることはできる。しかし、古い鉄道写真を蘇らせるなら、ネガやポジのスキャンに対応したもの、色あせたり、傷ついた写真でもきちんと修復できる状態まで復元できるようにスキャンできるスキャナーを選ぶべきだ。
中井先生が古い写真のスキャンに使っているのは、エプソンのフラッグシップスキャナー「GT-X970」だ。本製品はフィルムホルダーが添付されており、35mmフィルムをセットすれば、そのままネガやポジのフィルムを読むことができる。フィルムホルダーはストリップで24コマ、マウントでは12コマを一度にスキャンすることが可能だ。他にも最大6×20cm判のブローニーや4×5、8×10のフィルムもスキャンできる。
「GT-X970」に搭載されているデュアルレンズシステム。これにより、35mm、ブローニー、4×5フィルムの読み取り時は最大6400dpiを実現。
低価格なスキャナーでは、フィルム用マウントが付いていなかったり、たとえスキャン面にそのままフィルムを置いてもフィルムをスキャンすることが出来ない製品も多く、フィルムのスキャンを考えるなら、やはり対応した製品を選ぶべきだ。また、「GT-X970」を選ぶ理由はこれだけはない。一般的な製品と異なり、原稿の種類に合わせて2つのスキャン用レンズを使い分ける「デュアルレンズシステム」も特徴だ。これにより、35mm、ブローニー、4×5フィルムの読み取り時は最大6400dpiを実現。従来に比べ、スキャンしたときの画像が眠くならず、細かい部分までしっかりと再現することができるようになった。
また、プリント写真のスキャン時には、場合によってゴーストのようなものが発生するときがあるが、これをスキャンするガラス面に特殊コーティング「ARコートCCD 」を施すことで低減させているのも見逃せない。
中井先生が「GT-X970」を使うのは、このようにより高画質な画像を作るための機構が多く搭載されているためだ。
スキャンするガラス面に施された特殊コーティング「ARコートCCD 」。これにより、スキャン時に発生するゴーストを低減できる。
中井先生が中学生の頃に撮影した201系の登場時のプリント写真。現在のように前面に列車種別を表す幕などは取り付けられていない。列車番号を示す方向幕も回転式で現在のようにLEDではない。
今回作例としてスキャンする作品を見てみよう。中井先生が中学生の頃に撮影した1980年頃の中央線201系と常磐線のキニ58のプリント写真、そして1990年前後の南部縦貫鉄道のキハ102の35mmポジフィルムをスキャンしたものだ。
201系はまだ登場したばかりの頃であり、現在のように前面に列車種別を表す幕などは取り付けられていない。また、新車独特のパリっとした色と滑らかな車体表面がよく現れている。列車番号を示す方向幕も回転式で現在のようにLEDではない。また、後ろのほうには東西線乗り入れ車の301系も登場時の黄色いラインで見ることができる。
キニ58はキロ58を改造し、運転台を増設したキハ58系気動車だ。常磐線は当時既に電化されていたが、直流区間と交流区間を行き来するためには、交直両用の荷物電車を新造しなければならなかったため、この制約を受けない気動車が投入された。キニ58 1は、碓氷峠鉄道文化むらに静態保存されているため、いまでもその姿を見ることができる。写真に写っているのはキニ58 2だ。
南部縦貫鉄道のキハ102は1992年に同線が休止され、2002年に廃止されるまで使われていたレールバスだ。現在は旧七戸駅構内で2両とも動態保存されている。
こちらも中井先生が中学生の頃に撮影したプリント写真。キニ58 2。キロ58の改造形式だ。 |
ポジとして残る南部縦貫鉄道のキハ102。銀塩写真特有の暗部の粒状感とカラーノイズのない美しい仕上がりだ。1990年前後に撮影。 |
スキャナーの蓋を開け、ガラス面に慎重にプリントした写真を置いていく。このとき手袋をしてスキャナーにガラス面やプリント写真に指紋を付けないように注意する。
これを慎重にスキャン用のガラス面に乗せてスキャンしていく。フィルムは専用のマウントに入れ、定位置にセットする。スキャン用のガラス面やプリント写真には指紋を付けないように注意が必要た。プリント写真は写真が斜めにならないようにガイドに合わせてセットする。ここでの中井流のコツはスキャナーのガラス面を写真用のブロアーなどで吹いておき、ホコリの侵入をできるだけ防ぐこと。また、写真は手袋をはめて指紋が付かないようにする。多少のホコリであれば後のレタッチ行程で取り除くこともできるが、最初の段階でやっておく方が後が楽になる。
マウントの状態の35mmポジフィルムをスキャンしているところ。一度に12コマを一気にスキャンすることができる。
スキャンは「GT-X970」に添付されているソフト「EPSON Scan」を使って行う。中井先生の場合には写真の状態によって、「退色復元」と「DIGITAL ICE Technology」を使用する。写真があせている場合には「退色復元」を使用すると、ある程度自動的に色を復元してくれる。また、ここで注目したいのが、エプソン独自の自動補正技術「DIGITAL ICE」だ。スキャンした画像をスキャンする前のものと比べると、プリント写真に付着した細かいゴミや傷が取れているのが分かる。実は「DIGITAL ICE」を使うことで自動的にゴミや傷を修復してくれる。ゴミの除去や傷の修復はレタッチになれた人間でも手間の掛かる作業だ。それを自動的に行ってくれるのは非常に便利で、より質の高い作品を作るのに大いに役立ってくれる。
スキャンする前の写真(左)と、スキャン後の画像(右)。スキャン後の画像は色があせているように見えるが、写真が劣化して全体的に黄色くなっているため、ホワイトバランスを「GT-X970」が適切に修正している。また、右の写真で右端のホームの屋根付近に傷が白いスジとなって入っているが、自動修復機能「DIGITAL ICE」により修正されている。
作品をレタッチしている中井先生。第2回目でも解説したが、作品を作るときにはできるだけ発色に深みを出すために、Adobe RGBの色域を使うのが望ましい。中井先生はAdobe RGBをほぼカバーしているモニターを使って作業しているが、例えばノートPCで作業する場合には、エプソン フォトストレージ「P-7000」を接続し、サブモニターとして使うことでAdobe RGBに近い色域で確認することができる。
中井先生の場合にはここからさらに、Adobe PhotoShop CS3 で作品として仕上げていく。具体的には色とシャープネスの調整、そしてトリミングだ。
まず、キニ58の前面を色を調整基準にして、「トーンカーブ」でトーンをやや落とす。そして、全体的にやや青みがかっているので、「カラーバランス」でシアンを落とし、レッドを+10増やす。次に全体の明暗を「シャドウ・ハイライト」でシャドウ側を+5%として適切な明るさに調整する。このままでは、画像全体が若干眠いため、「アンシャープマスク」で量を60%に設定してシャープ感を出す。最後にトリミングを行い、構図を調整して完成だ。
左側がレタッチ前の作品、右がレタッチ後の作品。色あせていたキニ58のタラコ色の車体が鮮やかに蘇り、眠かったディテールもシャープになった。
このようにGT-X970を使うことで、過去に撮った写真が傷やゴミ、色のあせも修復され、鮮やかに蘇った。中井先生のレタッチ技術とデジタル技術の進化を実感させられる出来映えと言えるだろう。
次のページでは完成した写真のプリントと、鉄道写真を楽しむのに最適な機器のおさらいをする。
原稿の種類によって2つのスキャン用レンズを使い分ける「デュアルレンズシステム」により、35mmフィルムは最大6400dpiと高精細なスキャンが可能。また、プリント写真もゴーストの発生を抑えるガラス面の特殊コーティング「ARコートCCD 」により、クリアーなスキャンができる。また、「DIGITAL ICE」はプリントした写真のゴミや傷を自動的に修復してくれるため、少し状態が悪くなった写真でも鮮やかに修復してくれる。
中井 精也(なかい せいや)
鉄道写真家の真島満秀氏に師事。雑誌、広告撮影のほか、テレビ出演、「JAL旬感旅行」の鉄道写真ツアー講師など幅広く活躍している。2004年春から毎日必ず一枚鉄道写真を撮影する「1日1鉄!」(ブログ)を更新中!
鉄道の旅の臨場感を感じさせる写真を撮りたいといつも考えている。
社団法人 日本写真家協会(JPS)会員
日本鉄道写真作家協会(JRPS)副会長
ブログ『1日1鉄!』>>
・写真展「ほのかたび」
4月末より東京 新宿の「ペンタックスフォーラム」にて中井先生の写真展が開催されます。
詳しくはこちら >>
中井先生が登場時を記録した201系。1979年に103系の置き換えとして登場した過去の新型電車も31年目を迎えた今夏に東京地区から姿を消そうとしている。
現在、東京地区で運用されている201系は中央線と京葉線の2路線のみだ。また、関西地区で運用されている201系もリニューアル工事が施され、既に登場時の原型を留めている編成はない。そこで消えゆく201系の今を追ってみた。